テレビで楽しみ、テニスが上手くなる!「テニス観戦術」の磨き方
講師◎神谷勝則
かみや・かつのり◎1963年1月1日生まれ。愛知県出身。指導者としてこれまでに多くの日本人トッププレーヤーの幼少年期指導を行い、その後、オーストラリアへ留学して世界のテニス指導の幅に触れる。97年以降はツアーコーチとして世界を転戦。2010年からは指導者養成や、より広く普及活動に力を入れて活動。2015年からは、その活動の場所をインド、中国などの海外に広めテニス普及に務めて活動中。日本テニス協会S級エリートコーチ。ヨネックスアドバイザリースタッフ。㈱SHOW Tennis Project代表 写真◎BBM、Getty Images
POINT1|「展開」のセオリーを知る
1球でも多く返せばポイントになる=強い選手はミスをしない
テニスは高さ約1mのネットで隔てられた限られたスペース(シングルスであれば縦23.77m×横8.23m)にボールを入れ合い、1球でも多く返せばポイントになるというスポーツです。コート全体を俯瞰で観るテレビ観戦においては、選手がどこにボールを打ち、どのようにポイントを獲得しているのかという「展開」を観ることがポイントになります。
ボールをどのように、どこに入れているか。それによってどのように相手を動かし、スペースをつくっているのか。相手のボールを予測しながらどこにポジションを取っているのか。こうした「戦術」の積み重ねが「展開」になっていきます。
「展開」にもセオリーがあります。例えばクロスラリーからオープンスペースがあるストレートに展開して相手を左右に動かす。回転量の多い深いショットで相手のポジションを下げ、ドロップショットなど浅いボールで前のスペースを狙って前後に動かす。こうした「スペースの奪い合い」がベースになります。相手をどう動かしてスペースをつくり、そのスペースを突いているかに注目すれば、「展開」の基本がわかるようになるでしょう。
テニスは「スペースの奪い合い」であると同時に、「時間と空間の奪い合い」でもあります。例えばカウンターパンチャーとも言われる選手たちは守備から攻撃に移る際に、守っているときと同じ場所から打っているわけではなく、相手のスキを見つけ、わずかにポジションを上げて攻撃のショットを打っています。ボールの速度は同じでも、ポジションを上げて相手との距離を縮めることで、ボールが相手に到達する時間も短くなり、ボールの速度を速く感じさせることができるのです。
こうした「展開」や「戦術」のセオリーがわかってくると、テニス観戦はどんどん面白くなっていきます。実際にプレーするときも、いきなりトップ選手と同じ「展開」を実践することは難しいですが、セオリーをわかっているのとわかっていないのとでは、発想力が変わってくるはずです。
同時にトップ選手になればなるほどミスが少ないことにも気づくはずです。最初にお伝えしたように、テニスは1球でも多く返せばポイントになるスポーツ。強い選手ほど「1球でも多く返すことができる」、つまり「ミスが少ない」のです。あの錦織圭選手ですら、IMGアカデミーに留学して最初に伝えられたことは「ミスをしない」「ラリーを続ける」ということでした。
一般のプレーヤーはどうしても“打ち方”に気を取られがちです。もちろん正しいショットの技術は必要ですが、同時にミスなく「1球でも多く返す」ことも大事だということ。そのためにはコートをカバーするフィジカルや、相手のボールを予測してミスなくショットを打つためのポジションの取り方なども大切になるのです。
トップ選手同士の戦いになればなるほどミスが少ないことにテレビ観戦でも気づくはず
POINT2|データとスロー再生の活用
スタッツを読み解くことができれば試合をより深く楽しむことができる
もちろん生観戦には臨場感や迫力、スタジアムの雰囲気といった大きな魅力がありますが、テレビ観戦でしかできない楽しみ方、ヒントもたくさんあります。リプレー映像やスロー再生などは最たるものでしょう。インパクトの瞬間など、生観戦はおろか肉眼では見えないものまでテレビ観戦では見ることができます。録画しておけばあとから繰り返し、理想とする選手のショットをスローで確認することもできるので、上達の大きな助けになるでしょう。
試合を楽しむという意味では、ホークアイやトラックマンを駆使した回転量や打点の位置、選手の走行距離といったデータを視覚化して見ることができるのもテレビ観戦の特権です。デジタル技術の進化は著しいものがあるので、この先、さらに進化していけば、生観戦よりテレビ観戦のほうが情報量や見えてくるものがさらに増えていくでしょう。
テレビ観戦ではスタッツが画面に出されるので、試合のデータを確認しながら楽しむことができるのも大きな利点です。ファーストサービス、セカンドサービスの確率からサービスゲームのキープ率、ブレーク率、ブレークポイントの獲得率など、セットごとにあらゆるデータを確認することができます。
拮抗した流れが数字でも瞬時に確認できるのも、データやスタッツのよいところです。力の差がある選手同士の試合では、スタッツにも大きな差が出ることが多いですが、力の拮抗した選手同士の戦いになればなるほど、スタッツにも大きな差が表れなくなったりします。時にはトータルポイントで上回った選手が試合には負けるということも起こります。レベルが上がれば上がるほど、勝負がどちらに転ぶかわからない紙一重の戦いをしていることがスタッツからも見えてくるのです。
さらにATPやWTAの公式サイトを駆使すれば、選手ごとの年間のスタッツや、スタッツごとのランキングも見ることができます。お気に入りの選手ができれば、その選手の過去の成績を掘り下げてみるのもよいでしょう。もちろん目の前の試合を楽しめればよいのですが、選手たちはその試合だけではなく、ツアーを回りながら日々、練習を重ねています。過去のスタッツや戦績をひも解くことで、その選手がどんな1年を過ごしてきたのかという背景まで探れば、目の前の試合もより味わい深く楽しむことができるはずです。
左がティーム、右がジョコビッチ
オーストラリアン・オープン決勝、ジョコビッチ対ティームのスタッツ。データからいろいろなものが見えてくる
同じくジョコビッチのファーストサービスの到達点。四隅に万遍なく打ち分けているのがわかる(オーストラリアン・オープン公式サイトより)
POINT3|ポジショナルプレーを知る
ポジショニングの裏には選手の特徴と意図が隠されている
「POINT1」でミスなくショットを打つためにフィジカル、ポジションも大切だとお伝えしましたが、ポジションに関してはテレビ観戦でも参考になる部分はたくさんあります。選手がどういったポジションを、どういった意図でとっているのか。ボールを打ったあとの動きやポジショニングを意識すれば、さらに面白くなります。
目まぐるしく展開するトップ選手たちのラリーではポジションも次々と変わっていきますが、わかりやすいのがリターンでのポジショニングです。とてつもなく後ろに下がるラファエル・ナダルはもっともわかりやすい例でしょう。相手との距離が開くことで、相手にサーブ&ボレーなどでネットにつめる時間を与えることになりますが、ナダルは後ろのポジションからのリターンでも回転量の多い効果的なボール、簡単にはボレーでコントロールできないボールを送り込むことができます。だから相手に時間を与えることになっても、自分もしっかりリターンができる後ろのポジションをとるのです。
一方、ロジャー・フェデラーはそれほどポジションを下げることがありません。フェデラーはリターンでもタイミングを合わせてとらえていき、スキあらばポジションを上げて速い展開に持ち込もうとします。
同じようにサービス後のポジションにも注目です。右利きのノバク・ジョコビッチはサービス後にわずかにアドコート側、左利きのナダルはわずかにデュースコート側にポジションをとることが多いです。多少、バック側にボールが返ってきても、回り込んで武器であるフォアハンドで攻撃しやすくするためです。
ところがフェデラーはニュートラルなポジションをとることが多くなります。フォアもバックも自由にプレーできるというフェデラーの特徴が見て取れますし、左右への展開以上に自らが前に入り込むことを意識しているからです。
このようにポジショニングには、それぞれの選手の特徴をベースにした、それぞれの意図が隠されているのです。
ジョコビッチはサービス後、わずかにアドコート側にポジションを取ることが多いのにも意味がある
ナダルは自分の特徴とスタイルを生かすためにリターンで深いポジションをとる
POINT4|トップ選手の遊び心に学ぶ
良い意味での“遊び”が発想力とプレーを向上させる
一般のプレーヤーの方たちが試合に臨む様子を見ていて思うのが、「あまりにガチになり過ぎているな」「もっと“遊び”の感覚があってもいいのにな」ということです。格闘技は難しいかもしれませんが、テニスに限らずスポーツにはプレーの中にちょっとした“遊び”があっていいと思います。
皆さんにとって「観ていて楽しい選手」は誰でしょうか。私にとってはガエル・モンフィスやニック・キリオスは観ていて楽しい選手です。持っている能力が高い上に、プレーの中に良い意味での“遊び”があると感じるからです。
もちろん錦織圭選手もそうした選手の1人です。錦織選手がツアーに出現したことで、ドロップショットを戦術として取り入れることがスタンダードになっていきました。発想力とアイディアが豊富で、何をしてくるかわからないというゲーム性が高いから、観る者に「面白い」と感じさせるのです。そんな錦織選手も年齢を重ね、プレーが少しずつ洗練されていく中で、ムダな“遊び”はそぎ落とされていきましたが、今でもドロップショットは錦織選手の戦術において重要なショットになっています。
テニスの試合は制限時間がありません。グランドスラムの男子の試合は5セットマッチで、4時間や5時間に及ぶことがあります。最初から最後までずっと神経質でピリピリしたままプレーするのは簡単ではないので、精神的にも随所に“遊び”は必要になってきます。錦織選手がファイナルセットやタイブレークでの勝率が高いのも、そうしたことが要因かもしれません。
一般のプレーヤーにとっても同じだと思います。例えばワンデー大会に出場すれば、一日に4試合も5試合も戦うことになります。もちろん勝ちにこだわるのは大切なことですが、最初から最後まで集中しっぱなしでは体も気持ちも続きません。どこかで良い意味での“遊び”があっていいと思うのです。
フェデラーはサービス後のポジションも前への意識が強い
錦織の“遊び心”には誰もが見習うべき点がある
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