トッププレーヤーのドロップショット
解説◎丸山淳一
まるやま・じゅんいち◎1965年4月8日、東京都生まれ。早稲田大学時代の88年にインカレ準優勝。95、96年全日本選手権混合複連覇、元デビスカップ日本代表選手。現役引退後は杉山愛(95~99年)、岩渕聡(2000~03年)を指導。その間、フェドカップやシドニー五輪の日本代表コーチとしても活躍した。現在は森田あゆみプロと内藤祐希プロの専属コーチ、早稲田大学テニス部コーチを務める。
写真◎毛受亮介
かつてはドロップショットを打って、それが甘く入ると逆襲され、試合も逆転されてしまう…そういうネガティブな感覚がドロップショットにはありました。失敗すると怖い…という弱気もともなっていたと思います。ところが今は戦術の中にドロップショットが当たり前に取り入れられ、相手を縦に揺さぶるために必要なショットです。弱気は論外で、強気で打つショットです。
誰もが横の動き、横のストロークがうまくなり、今度は縦に動かして、崩していくしかなくなりました。2019年フレンチ・オープン女子でオールラウンダーのアシュリー・バーティが優勝しましたが、彼女は縦の動き、縦のストロークがうまく、これからの女子のテニスが、男子のようにオールラウンドになっていく始まりになる気がしています。ストロークだけで勝負するテニスでは、もはや勝てなくなってきています。
そうするとコンチネンタルグリップのスライス、ドロップショット、ネットプレーは非常に重要です。コンチネンタルグリップのスライス系ショットを使いこなせるようになることが、これからのテニスのひとつのカギになると思います。
PLAYER1|ロジャー・フェデラー
次のプレーが前提の ドロップショット
フェデラーのドロップショットは、どちらかというと、打ち合って少し不利なときに入れたり、オプションのようなもの。相手のポジションがそれほど後ろでなくても芸術的に打ったりします。相手をコートの後ろへ下げ、自分がコートの中に入っていればハードヒットして決めにいきますので、ハードコートではドロップショットはほとんど使いません。クレーコートではバウンド後に自分のほうへ戻ってくるような回転量の多いドロップショットを遊び心で打っていくところがあります。
PLAYER2|アシュリー・バーティ
コンチネンタルグリップを 使いこなし、スライスと ドロップショットを打ち分ける
バーティのプレースタイルは以前から男子のようでオールラウンド。サービスがよく、“上”が強くてネットがうまい、バックハンドスライスも打てます。少し前まで両手打ちバックが不安定で、バックの打ち合いになるとミスが出て、苦し紛れにネットへいき、結局負けるということがありました。その両手バックが格段によくなり、今回結果を出しました。
ラリーで自分が不利になると伸びのあるスライスで補います。バーティはフェデラーと同じで、スライス面で構えてドロップショットが打てるので、相手は読みづらいです。
またネットに自信があるので、ドロップショットを打ったあと、相手がそれを拾おうとダッシュしてきたときに自分もネットにつめて、浮いたボールをボレーで決める準備ができます。
ネットプレーのクオリティーが低ければポイントは取れません。相手はそれも見ているので、ドロップショットを拾えばなんとかなると思わせないこと。そのためにもドロップショットのあとは、オープンコートにボレーを打つまでを視野に入れてプレーすべきです。
PLAYER3|錦織圭
相手の予想を外してから打つため、決まる確率が非常に高い
相手の予想を 外してから打つため 決まる確率が非常に高い ドロップショットを打ってくる相手でもっとも嫌なのは、錦織圭選手のタイプではないでしょうか。錦織選手は完全に相手を下げて(封じて)ドロップショットを打つため、確実に決めることができます。相手の予想を外して打つため、強くアンダースピンをかける必要がなく、それによりミスヒットを避けることもできます。だからドロップショットの成功率が非常に高いです。
ドロップショットを打つときに気をつけることは、自分が前後のテニスを仕掛けているということです。相手の足が速ければ、拾われて逆襲されます。そういう相手には使い方を気をつけなければいけません。自分が有利なときに打たなければドロップショット返しに遭って、体力を消耗させられてしまうことになります。
PLAYER4|ドミニク・ティーム
強力なアンダースピンを かけてボールを止めている
ティームはドロップショットでかなり強く回転をかけます。クレーや球足の遅いハードコートで有効で、バウンドしたあとは自分のほうへ戻ってくるか、その場に止まる感じとなります。そのため、相手はネット近くまで走らされることになります。それはナダルも同様です。
PLAYER5|ブノワ・ペール
左右への展開と縦への展開を 自然に行う多彩さがある
実は、ドロップショットを打つトッププレーヤーと聞いて、私が真っ先に思い浮かべるのがペールです。彼はどんなサーフェスでも使います。同じショットを2球続けて打つタイプではないので、ドロップショットはもちろん使います。打球ごとに、どこへ打つかわからないプレーをするタイプですから、例えばクロス、ダウン・ザ・ライン、ドロップショットと打つ割合は同じくらいというと大げさですが、それくらいごく普通の選択肢です。
錦織選手はラリーで主導権を握って、最後のフィニッシュで使うことがほとんど。それに対しペールはラリーの途中で入れて相手を揺さぶり、そこからポイントにつなげます。
PLAYER6|ラファエル・ナダル
フォアの強打に ドロップショットを加え 選択肢を増やした
ナダルのストローク力(フォア、バックどっちにくるかわからない、強く弾んでくる)があれば、相手を後方へ下げることができ、あっぷあっぷになったところで打っていくドロップショットが効果的で、ほとんど決まります。
ナダルは前後の動きがよくなり、ボレーも上達して、ネットプレーのクオリティが非常に高くなりました。ですからドロップショットを打ったあとも、次にネットを含めて準備ができていて盤石でした。相手を見て次を読んで、ラインの中に入って、パワーと体力で押し切る以外にドロップショットという選択肢、その後のネットプレーも選択肢に入れていて、本当にポイントパターンが増えました。それは10年前のナダルにはないプレーです。
フレンチ・オープン前哨戦では、そこまでのテニスが見られませんでしたから、あの短期間にどのように追い込み、フレンチ本番のあの動き、あのテニスを実現させたのか知りたいですね。
PLAYER7|ノバク・ジョコビッチ
完璧な両手打ち バックハンドの構えから 相手の裏をかいて繰り出す
ドロップショットの解説をしながら、個人的な意見としては、勝負を意識するあまり小さなテニスをしてほしくありません。やはり、まずは王道のテニスをして、その中で駆け引きをしてほしいです。
一方でテニスはゲームであり、相手を動かし、相手の予想を外してポイントを取っていく。そのためにはテニスに幅があったほうが断然面白いはずです。相手に読まれたら逆襲されるわけですから、ハードヒットの構えから、ボールを打つ瞬間にコンチネンタルグリップに握り変え、スライスで打つテクニックなども必要となります。
ジョコビッチは完璧な両手打ちバックハンドの構えから、ハードヒットと見せておいて、その後、スライスに切り替えてドロップショットを打っています。見事に相手の予想を外していると思います。
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