師であるノボトナへの想いを胸に、クレイチコバがグランドスラム大会の新女王に「私にとって真のインスピレーション」 [フレンチ・オープン]
今年2つ目のグランドスラム大会「フレンチ・オープン」(フランス・パリ/本戦5月30日~6月13日/クレーコート)の大会14日目は、女子シングルスと男子ダブルスの決勝などが行われた。
驚きに満ちた今大会で亡きコーチのことをずっと考えながら、バーボラ・クレイチコバ(チェコ)はノーシードプレーヤーからグランドスラム大会のチャンピオンになった。土曜日の決勝でクレイチコバは第31シードのアナスタシア・パブリウチェンコワ(ロシア)を6-1 2-6 6-4で倒し、シングルス選手としてわずか5度目のグランドスラム本戦でタイトルを獲得した。
「誰も予想していなかった大きな成果だわ。私自身ですら考えていなかったことよ」と先月までシングルスではWTAツアーで優勝したことがなかった25歳のクレイチコバはコメントした。
4度目のマッチポイントでパブリウチェンコワのバックハンドがアウトとなってすべてが終わったとき、ふたりの選手はネット際で抱擁を交わした。それからクレイチコバは元コーチで癌のために2017年に49歳で亡くなった1998年ウインブルドン優勝者のヤナ・ノボトナ(チェコ)に敬意を表し、目を固く閉じて投げキスを送った。
「彼女の最後の言葉のほとんどは、ただ楽しんでグランドスラム大会で優勝しようとしなさいだった。そして私はどこからか、彼女が私を見守ってくれていたことは分かっていた」とクレイチコバは新型コロナウイルス(COVID-19)の対策により5000人に限られたフィリップ・シャトリエ・コートの観客たちに向かって話した。
「たった今ここで起こったことすべて、この2週間の出来事は彼女があそこから私を見守ってくれていたからこそ起きたことだった」とクレイチコバは左手で天を指しながら言った。
「私が彼女と出会う機会を得たのは驚くべき幸運であり、彼女は私にとって真のインスピレーションだった。本当に彼女がいなくて寂しいけれど、彼女がいま喜んでくれていることを願うわ。私はこの上なく幸せよ」
2016年から6年連続で新女王が誕生した今大会で、クレイチコバはノーシードからチャンピオンになったここ5年で3人目の選手となった。1968年から2016年までは、そのようなことは起きていなかった。
加えて彼女は2000年のメアリー・ピアス(フランス)以来、同大会で単複を制した女子選手となる可能性を残している。カテリーナ・シニアコバ(チェコ)とクレイチコバはすでにグランドスラム大会で2つのタイトルを獲得しており、今大会でも日曜日の決勝行きを決めていた。
10代からトップクラスで活躍してきた29歳のパブリウチェンコワは、実にグランドスラム出場52大会目で決勝の舞台にたどり着いていた。これは決勝に進出するまでの出場回数として、女子では最長記録となる。
「私が今、決勝にいるなどと誰が想像したかしら? 私はとにかくこれまでと同じようにまったく期待などせず、ただハードワークを積んで自分の仕事をきっちりこなしながら続けていくだけだと思うわ」とパブリウチェンコワは振り返った。彼女は第2セットで右脚の問題のために治療を受けていたが、試合後にそれが3回戦で第3シードのアーニャ・サバレンカ(ベラルーシ)に勝った試合のあとに起こったものだと明かした。
「もちろん私は大丈夫よ。私は以前よりも少し余計に自分の力を信じるようになったわ」
同じようなことは、勝者となったクレイチコバにも言えた。彼女は4回戦で2017年USオープン優勝者のスローン・スティーブンス(アメリカ)と対戦する前に、ストレスに圧倒されていたことを率直に明かしていた。クレイチコバは1ゲームも取れないのではという不安にかられ、自分のスポーツ心理学者と話してなだめられるまで涙にくれていたことを打ち明けた。
結果的にスティーブンスに6-2 6-0で圧勝したのだから、それはいいことだった。彼女はほかにも第5シードのエリナ・スビトリーナ(ウクライナ)や第24シードのコリ・ガウフ(アメリカ)を下し、第17シードのマリア・サカーリ(ギリシャ)に対する準決勝ではマッチポイントを凌いだ末に勝利をもぎ取っていた。
準々決勝進出者のうち6人がその舞台を未経験だったことも含めてニューフェイスの成功に満ちた大会で、土曜日の女子決勝はある意味で相応しい結末だった。ロラン・ギャロスはレッドクレーがサービスの威力を軽減し、イレギュラーバウンドが起きることで選手たちにとってタフな大会だ。
今大会では第2シードの大坂なおみ(日清食品)が1回戦勝利後にメンタルヘルスの問題を理由に棄権し、2019年チャンピオンで2019年チャンピオンで第1シードのアシュリー・バーティ(オーストラリア)が左腰のケガでリタイアを余儀なくされ、世界ランク3位で2018年優勝者のシモナ・ハレプ(ルーマニア)はふくらはぎの負傷により大会開始前に出場を取り消していた。それに続き第7シードのセレナ・ウイリアムズ(アメリカ)が4回戦で第21シードのエレナ・リバキナ(カザフスタン)に屈し、ディフェンディング・チャンピオンで第8シードのイガ・シフィオンテク(ポーランド)は準々決勝でサカーリに敗れた。
第1ゲームでクレイチコバが2度ダブルフォールトをしたとき、ちょっとしたナーバスさが目についた。しかし彼女はすぐにそれを乗り越え、キレのよい両手打ちバックハンドとダブルスで培ったネットでのスキルや守備的なロブを駆使して優位に立った。ある回転をかけたロブはパブリウチェンコワの頭上を越えてコーナーに落ち、そこから波に乗ったクレイチコバは6ゲームを連取して第1セットを先取した。
パブリウチェンコワは第2セットで5-1とリードしたが、そこからバックハンドを打つために体を伸ばした際に顔をしかめて左腿を押さえた。メディカルタイムアウトを取ってトレーナーが彼女の腿にテーピングを施し、パブリウチェンコワはタオルの上に横たわりながらキャンディを口に入れた。
第3セットではクレイチコバがフォアハンドのウィナーを決めてラブゲームでブレークして4-3とリードしたあと、ほどなくして彼女はグランドスラム大会を18回制したレジェンドでチェコ出身のマルチナ・ナブラチロワ(アメリカ)から優勝杯(スザンヌ・ランラン・カップ)を受け取った。そして彼女はチェコの国歌を聴きながら、トロフィーを抱いてそれを優しく揺らした。
その間にも、師であるノボトナはクレイチコバの心の中にいた。
「私たちは本当に、特別な絆で結ばれていたわ。彼女が私が勝つことを望んでいた。彼女はそれが私にとって何を意味するかを知っており、私はそれが彼女にとって何を意味するかを知っていたの」とノボトナへの想いを語った。(APライター◎サミュエル・ペトレキン/構成◎テニスマガジン)
写真◎Getty Images
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