国枝慎吾「国民栄誉賞はパラスポーツが認められた証」/スマイルスポーツマガジン・アスリートインタビュー
車いすテニスで活躍してきた国枝慎吾さんは、パラリンピックで4つの金メダルを獲得し、グランドスラムでは50回の優勝を飾り、生涯グランドスラムを達成。そしてパラスポーツ選手として初の国民栄誉賞を受賞した。27年間にわたる現役生活を振り返ってもらい、新たな目標を語ってもらった。
――現役生活を振り返って真っ先に頭に浮かぶのはどんなことでしょうか?
「引退会見でも話したように“やり切ったな”という気持ちです。自分自身、悔いなく十分やったという思いが強いです」
――今年3月には国民栄誉賞を受賞しました。改めて率直な気持ちを教えてください。
「お話をいただいた時は、自分がやってきたことが認められて嬉しかったという気持ちがありました。ただ、それ以上に、僕が始める以前から車いすテニスをやっていた方々全てが認めれたように思えました。そもそも、僕より以前に車いすテニスをやっている方がいなければ、僕は競技に出会えていません。自宅から車で30分のところに吉田記念テニス研修センターがなければ、やっていなかったと思う。そう考えると、このタイミングで僕が国民栄誉賞をいただいたのは、巡り合わせだったのかなと思います。だから自分が獲ったというより、みんなが認められたというか、僕よりも先に車いすテニスをプレーしていた方たちへの感謝の気持ちが出てきました」
集大成として臨んだ東京パラリンピック(写真◎Getty Images)
――国枝さんは以前からパラスポーツの普及に尽力してきました。この国民栄誉賞はパラスポーツ全体にとって大きな一歩になりましたね。
「その通りです。パラスポーツが本当のスポーツとして認められた、一つの証になるのかなと思います」
――今後、車いすテニスやパラスポーツのさらなる発展のためにやっていきたいことはありますか?
「自分自身がなぜ他のパラリンピック競技の選手より脚光を浴びたかと考えると、テニスは運営機関がITF(国際テニス連盟)で、管轄している組織が、健常者も車いすも同じだったことが大きいのではないかと思いました」
――たしかにテニスの4大大会は車いすも健常者と一緒に開催されますね。
「そうなんです。4大大会ではロッカールームにロジャー・フェデラーやノバク・ジョコビッチがいますから。そうなると、テニスを好きな方が車いすテニスを見る機会も増えますし、メディアもたくさん来ますし、当然賞金も増えます。そういう環境も僕には幸運でした。一方で、オリンピックとパラリンピックを同じ管轄で行っている競技団体は多くありません。バスケットボールも陸上競技も別ですから。日本に目を向けてみると、テニス協会と車いすテニス協会は別ですが、アメリカのテニス協会は車いすテニス協会も中に入っています。日本もそうした垣根を壊していくことで、もっと盛り上がっていくことにつながると思います」
――一緒に大会をできるならば、その道を探っていけるといいですね。
「テニスをはじめ、バスケットボールや陸上競技など、フィールドが同じ競技ならやりやすいと思います。ただ、垣根を取り払うには、パラの団体がオリの団体にメリットを提供できなければいけません。我々で言うと、車いすテニスがテニス協会にとって、価値があるものであることが大事です。たとえば、昨年の楽天ジャパン・オープンテニス選手権では、健常者の大会と車いすの大会が同時に行われた中で、一番評判が良かったのが僕らの決勝戦(国枝慎吾vs小田凱斗)だったそうです。世界のトッププロが出場していても、僕らの試合が評価されたということは、メリットを提供できたということです。そういったWin-Winの関係になっていかないと、完全な統一とは言えないですよね」
2022年のウインブルドンを制して生涯グランドスラムを達成(写真◎Getty Images)
――今後、ご自身で「国枝杯」のような大会を主催するような考えはありますか?
「すごく興味があります。自分自身の力をもう少し蓄えて、いずれは、みんなに憧れてもらえるような大会を運営できたらいいなと考えています。やってみたいことで言えば、最近バスケットボールを始めたんですよ」
――バスケットボールの腕前はいかがですか?
「難しいですけど、楽しいです。チーム競技は、みんなでワイワイやれるのが楽しいですね。たまに野次ったりなんかして(笑)。テニスとは違う楽しさを知ることができますし、逆に他の競技をやることで、テニスの良さもわかります」
――国枝さんは負けず嫌いなので、上達したい気持ちも大きいのでは?
「テニスをやってきて、スポーツの上達の仕方がわかっているから、他の方よりも上達は早いかもしれません。それに今は便利な時代ですよね。僕がテニスを始めた頃は、技術を知ろうと思ったら、雑誌や書籍しかありませんでしたが、今はYouTubeやSNSに情報がたくさんありますし、バスケのシュートタッチの動画もたくさんあって、“これ、めちゃくちゃ楽じゃん”と思いました(笑)。動画を見ながら自分で自分をコーチングできるので、便利な時代になりましたね」
――プライベートの時間ができたらやりたいことはありますか?
「ゆっくり海外旅行がしたいです。今までもいろいろな国に行きましたが、ラケットを持たずに着替えだけ持って行くくらいの旅行がしたいです。もう少し英語の勉強もしたいので、海外への留学も視野に入れています」
――最後にこれからの目標をお願いします。
「ずっとテニスだけをしてきて、まだまだ視野が狭いので、世界を広げたい気持ちがあります。いろいろな価値観を広げていく作業をしていって、ゆくゆくはテニス界はもちろん、いろいろな分野に自分が学んだことを還元できたらと思っています」
こちらに掲載したインタビューのほか、2016年リオパラリンピックでの挫折から東京パラリンピックまでの並々ならぬ覚悟や、ラケットに刻み続けてきた「オレは最強だ!」への思いなど、カラー4ページにわたる国枝慎吾さんのロングインタビューは、6月1日に(公財)東京都スポーツ文化事業団が発行した『スマイルスポーツマガジンVol.94』に掲載されています。
くにえだ・しんご
1984年2月21日生まれ、千葉県出身。11歳から吉田記念テニス研修センターで車いすテニスを始める。17歳から海外ツアーに参戦し、グランドスラム車いすテニス部門で歴代最多となる計50回(シングルス28回、ダブルス22回)優勝。パラリンピックでは2021年の東京大会をはじめ、計4つの金メダルを獲得した。2023年1月、世界ランキング1位のまま現役引退を表明し、3月17日に国民栄誉賞が授与された。
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