ボブ・ブレットからの手紙「ツアーがもたらした2つの損失」第28回

セイコー・スーパー・テニス表彰式(写真◎BBM)


 数多くのトッププレーヤーを育ててきた世界的なテニスコーチであり、日本テニス界においてもその力を惜しみなく注いだボブ・ブレット。2021年1月5日、67歳でこの世を去ったが、今もみなが思い出す、愛され、そして尊敬された存在だ。テニスマガジンでは1995年4月20日号から2010年7月号まで連載「ボブ・ブレットからの手紙」を200回続け、世界の情報を日本に届けてくれた。連載終了後も、「ボブ・ブレットのスーパーレッスン(修造チャレンジ)」を定期的に続け、最後までつながりが途絶えることはなかった。ボブに感謝を込めて、ここに彼の言葉を残そう。(1996年11月20日号掲載記事)


(※当時のまま)
Bob Brett◎1953年11月13日オーストラリア生まれ。オーストラリア期待のプレーヤーとしてプロサーキットを転戦したのち、同国の全盛期を築いたケン・ローズウォール、ロッド・レーバーなどを育てた故ハリー・ホップマンに見出されプロコーチとなる。その後、ナンバーワンプレーヤーの育成に専念するため、88年1月、ボリス・ベッカーと専任契約を締結。ベッカーが世界1位の座を獲得したのち、次の選手を求め発展的に契約を解消した。以後ゴラン・イバニセビッチのコーチを務めたが、95年10月、お互いの人生の岐路と判断し契約を解消。96年からはアンドレイ・メドべデフのコーチとして、ふたたび“世界のテニス”と向き合う。世界のトップコーチの中でもっとも高い評価を受ける彼の指導を求める選手は、あとを絶たない。

構成◎塚越 亘 写真◎BBM、Getty Images

ここにきて日本は大きなものを2つ失ってしまいました。ひとつはキミコ、そしてもうひとつはセイコー・スーパー・テニスです。両者ともに世界的な損失ですが、特に日本テニス界にとっては大きな損失になるのではないでしょうか。

 キミコ(伊達公子)の引退ニュースを聞いてびっくりしました。そして残念に思いました。日本のテニス界は大きなものを失ってしまいました。それは日本だけではなく、世界のテニスの大きな損失だと思います。

 ここにきて日本は大きなものを2つ失ってしまったように思います。ひとつはキミコ、そしてもうひとつはセイコー・スーパー・テニスです。両者ともに世界にとっても損失ですが、特に日本テニス界にとっては大きなものだと思い、本当に心配しています。

 キミコの場合、世界を回らなくてはいけないトラベリングの問題、来シーズンから新しくなるWTAツアーのポイント制、さらに賞金や年齢などという現実的な問題もあったと思いますが、反面、世界のトップのプレーヤーたちと戦うことができたり、自分自身が舵をとって人の意見に左右されずに世界のトップにチャレンジできる自由があったわけです。現実的な問題が精神的なものよりも大きかった結果の結論だったのではないでしょうか。それは、それだけツアーの厳しさを象徴しているかもしれません。

 小柄な体ながら体格の良いパワフルなプレーヤーに対して対等に戦っていたファイティング・スピリットには敬意を表します。そしてそのスピリットを受け継ぐプレーヤーの出現を期待します。

 キミコの人生に幸あれ。


 セイコー・スーパー・テニスは世界の模範となるすばらしい大会でした。プレーヤーのことを第一に考えた居心地の良い大会としてプレーヤーたちに愛された大会でした。ほんの小さなことに対しても気を遣ってくれるジャパニーズ・ホスピタリティ、そして優秀なスタッフによるプロフェッショナルな大会運営。今でこそそのような大会は増えてきましたが、以前は世界を引っ張っていくテニス界のリーダー的インドア大会でした。

 2年前にはシドニー・インドアがなくなり、今年はセイコー・スーパー・テニスと、アジア、オセアニア地区では2つの大きな大会が相次いでなくなっています。2年しか続かなかった大阪でのセーラム・オープンもそうです。また、春のチャレンジャー大会であるダンロップ・マスターズもなくなりそうだと聞いています。

 大会がなくなってしまうと、腕試しをしようにもそれをする機会がなくなってしまうわけです。プレーヤーは大きな大会に出ることにより、世界と接触し、世界との距離を感じることができました。わざわざ遠い国までいかなくとも、身近で感じることができるチャンスだったわけです。また、テニスをしたことのない人がプロのプレーを見て、テニスに興味を持つかもしれません。ジュニアやカレッジプレーヤーたちにとっては、予選に出場することで、より夢が現実味を増すのです。

 興行はそれによる利益を重視しなくてはいけないものかもしれませませんが、同時にそれに対して興味を持つ人を増やし、その競技人口も増やすものだと思います。

 現在のプロトーナメントは、いくらお金があるからといってもそう簡単にはツアーのカレンダーの中には入り込めません。それだけビッシリとスケジュールが詰まっているために、簡単にATPトーナメントを作ることができないのです。

 賞金総額が下がり、ATPトーナメントの格が下がってしまったとしても、そのトーナメントをツアーのスケジュールのカレンダーの中に確保しておけていたらと思いました。いろいろな事情があったのだろうと思いますが、残念なことだと思います。


 ゴーイチ(本村剛一)もランキング200位を切ってきました。そのゴーイチをタカオ(鈴木貴男)が全日本選手権で破り、チャンピオンになったと聞きました。明るいニュースです。お互いに刺激し合い、良い意味でライバルとなり、修造とともに世界でチャレンジしてください。

 同じ大会で会える日を待っています。

続きを読むには、部員登録が必要です。

部員登録(無料/メール登録)すると、部員限定記事が無制限でお読みいただけます。

いますぐ登録

Pick up

Related

Ranking of articles