マイケル・チャン「稀代の勝負師」
デビュー当初は90年代後半に2強時代を築くことになるアンドレ・アガシやピート・サンプラスより先にグランドスラムでの優勝を果たしたが、彼らが20代に突入し始めた。80年代末~90年代初頭のテニス界は、長身のビッグサーバーたちが活躍した時代。サーフェスは今よりも速く、「男子のテニスはサービスだけで決まってしまってつまらなくなった」と言われ出した時期でもある。
フレンチ・オープン優勝で6位となったチャンだったか(この時期の最高位は89年9月25日付の5位)、体格の不利はいかんともしがたく、その後はパワーとスピード化の時代の波にのみ込まれ、当初期待されていたような活躍かできない数年間を過ごすことになる。
だが、兄のカール・チャンとともに身体を作り直す勢いでトレーニングに励み、92年にはインディアンウェルズとマイアミで連勝してふたたびトップ10に返り咲くと、98年3月までのほぼ7年間、トップ10から落ちたのは93年6~7月の6週間だけという安定した強さを見せ、96年9月9日~97年1月20日と、97年4月28日~11月10日には2位の座を維持した。
サンプラスやゴラン・イバニセビッチ、リチャード・クライチェクなどのパワフルなサービスを持つ選手たちがその存在を誇示していたこの時期に、小柄なチャンがこの地位を守り続けられたのは、初期とは別人のように鍛え上げられたフィジカルのおかげだった。
だが、彼の「全盛期」は試練の連続でもあった。95年フレンチ・オープンでふたたび決勝に進出したが、当時のクレーキング、トーマス・ムスターに敗れて2度目の優勝はならなかった。
また、96年にもオーストラリアン・オープンとUSオープンで決勝に進んでいるが、オーストラリアではボリス・ベッカーに、USではサンプラスに敗れて準優勝に終わっている。
96年のこの2度の決勝進出は、いずれも準決勝でアガシを破っての勝ち上がりだったが、この時代を代表する2人のストローカーの打ち合いはいつでも攻めるアガシと凌ぐチャンの息詰るような攻防だった。
両者は通算では22試合戦って、チャンが勝ったのは7度だけだったが、今見てもそのテンションの高さが異様に感じられるほど凄まじかった。
コートの中に入っての強打で左右のラインを狙うアガシに対して、チャンはコートの端から端まで振り回されてもまったくバランスを崩すことなくストップ&ダッシュを繰り返し、ボールに食らいついて最後はポイントに結びつけた。コートを素早く動いては、すべてのボールを返そうとする選手たちを今も「マイケル・チャンのような選手」と呼ぶことがあるのは、この時期のチャンの印象が、多くのファンの記憶に強く刻まれているからに違いない。
最後まで諦めない姿勢がチャンの持ち味
しかし、チャンにとってこの3度の準優勝は、痛恨のものだったと言う。文字通り限界まで身体を追い込んで、彼としてはこれ以上ないというほどの状態を作り上げてもなお、タイトルに手が届かなかったことで、精神的にはかなりのダメージを受けたと彼は話したことがある。
体格の不利を埋めるために筋肉の鎧をまとい、弱点と言われたサービスでも時速200㎞を超えるような能力を身につけたが、その反動も小さくはなかった。
増やした体重が関節には負担となって97~98年頃に膝を傷めると、その後は徐々に失速。98年の上海での優勝の後は00年夏のロサンゼルスまで優勝できず、結局これが最後の優勝となって03年のUSオープンでラケットを置いた。
彼は常に自分が勝つためには何が必要かを考え抜いていた。自分の肉体だけで補えないとなれば、1インチ長い長尺ラケットを使ってみたり晩年も様々なブランドのラケットを試しては、何か突破口はないかともがいていた。
「彼は天才だった」とサンプラスやジム・クーリエが、ジュニア時代のチャンについて話していたことがある。
チャンにはサンプラスの正確無比のサービスや、アガシのライジングのように特異なショットの才能はなかったが、勝つために自分のすべてを投入できるというのも、選手同士の視点で見れば特殊な才能のひとつということなのだろう。
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