スベン・グロエネフェルトの「コーチングの世界」(2) 現在のテニス界とそのトレンド
(※当時の原文ママ、以下同)現代最高のコーチのひとりに数えられるスベン・グロエネフェルトが、その経験から導き出したコーチングの神髄をお伝えする。第2回は「現在のテニス界」「トレンド」をテーマに、ロジャー・フェデラーから期待の若手まで、グロエネフェルトが高く評価する選手たちにスポットを当てる。(インタビュー◎ポール・ファイン)【2013年7月号掲載】
インタビュー◎ポール・ファイン 翻訳◎木村かや子 写真◎BBM、AP
According to Sven Groeneveld
The World of Tennis Coaching
スベン・グロエネフェルトの「コーチングの世界」(2) 現在のテニス界とそのトレンド
◆ ◆ ◆
「ロジャーがテニス史上でもっとも偉大なプレーヤーになるとは考えていなかった 」
Theme1|ロジャー・フェデラーのジュニア時代
――フェデラーも一員だったスイス・テニス協会ナショナル育成プログラムのヘッドコーチとなったとき、あなたはどのくらいフェデラーとともに過ごしたのですか。
「私は一年以上、毎日スイスで働き、コート内外でロジャーと多くの時間を共有した。ロジャーが一員となっていた育成チームの中では、ピーター・ラングレンとピーター・カーターが、ロジャーとコート上でもっとも多くの時間を過ごすメインコーチだったのだが、ヘッドコーチだった私も当然コートの上にいた。彼らほどではないが、ロジャーとあそこでトレーニングしていた他のプレーヤーに、ある程度のインパクトを与えるに足るだけの時間をそこで過ごしていたよ」
――当時、ロジャーが史上もっとも偉大なテニスプレーヤーになるだろうという予感はありましたか。
「残念ながら、予感はなかったね(笑)。ロジャーがテニス史上もっとも偉大なプレーヤーになるとは考えていなかった。もちろん、彼に大きな潜在能力があることは知っていたし、さまざまな分野で秀でることができるだろうと思っていた。しかし、若いときの彼の振る舞いは、あまり良いとは言えなかったんだ。彼に何かをやらせるには、威圧的に命令できる誰かが必要だった。そして、それでも彼は指導者たちに挑みかかってくるため、ときにはケンカしかねなかった。
豊かな秘めた才能を伸ばし、コーチングのプロセスの中である程度の柔軟性をもつことをロジャーに許した指導のおかげで、彼はラングレンとカーターが率いていたスイス・テニス協会の教えを吸収していき、しっかりした土台を手に入れることができたのだと思う。私たち3人は、常にロジャーをひとりの人間として扱い、テニスに関してもある程度の責任をもたせるようにしていた。彼がプレーを読む卓越した才能――自らがプレーすることに加え、対戦相手のプレーを読む能力――をもっていることは、当時からも明らかだった。ロジャーは昔から優れた戦略家だったのだが、それをさらに向上させていったのだ」
――プレーヤーとしても人間としても成熟することを助けてくれるトップコーチを3人ももつこととができたという点で、フェデラーは幸運だったのでしょうか。
「そうだと思う。私たちはチームとしてうまく機能していた。コーチである3人の中にエゴはなかった。そして、ロジャーの両親もまた重要な役割を演じていた。ロジャーの両親は私たちコーチと、ロジャーに対してどのようにアプローチしてほしいかについて、大いに話し合った。彼らはただ親としてのみ関与したいと思っていたのだが、同時にロジャーが思春期のとき、ふたりは私たちに本当に良い指針を与えてくれたんだ」
「片手バックハンドが生み出すバラエティは、これからも有益であり続ける 」
Theme2|グリゴール・ディミトロフと片手バックハンドの可能性
――フェデラーとプレースタイルが似ていると言われるグリゴール・ディミトロフも片手バックハンドです。2012年の男子トップ100における若い10人の中で、片手バックハンドは彼だけです。両手打ちバックハンドはより大きなパワーとコントロールを可能にし、同時にほとんどの選手がスライスの片手打ちバックハンドを併用していることを考慮すると、現在、片手打ちを基本のバックハンドとして教える理由はあるのでしょうか。
「最高の片手打ちバックハンドが、最高の両手打ちバックハンドほど優れていない、と結論づけているあなたの意見は正しいと思う。同時に、いまだ世界最高のプレーヤーのひとりであるフェデラーは、片手でバックハンドを打っている。それはおそらく、片手打ちバックハンドがロジャーのテニスによりバラエティを与えるからなのだろう。
確かに現在、テニス界ではパワー至上主義がより広く普及し、バラエティは姿を消しつつある。10年先を見越すなら、両手打ちバックハンドの支配的ポジションはいま以上に顕著になっていくだろう。いまでさえ男子トップ50の中で、片手打ちバックハンドの選手はほんの数人しか見つけられない。そしてより若い世代は、ディミトロフを除けば、皆が両手打ちだ。しかし、もしバラエティに富んだプレーができれば、相手に本来のプレーをさせないことが可能になるかもしれない。だから、片手打ちバックハンドであることは、これからも変わらず有益なことであり得るのではないだろうか」
「道具の進化がフィジカルの向上をうながし、最高のアスリートを生んだ 」
Theme3|近年におけるテニス界のトレンド
――コーチングとプレーにおける、近年でもっとも重要なトレンドは何でしょうか。
「テニスのフィジカル中心主義は、このスポーツにおける今世紀最大のトレンドだろう。ひと昔前、テニスはとてもしなやかで流れるようなスポーツ、リズムのスポーツだった。それが今はスタート&ストップのスポーツとなっている。そして、いまのテニスは(力の入れ方、瞬発性という意味で)非常に爆発的だ。
今日のプレーヤーは非常にオールラウンドで、あまり頻繁にはネットに出てこない。だが私はいまでも、今後、選手たちはよりネットに出てくるようになるだろうと信じている。オールラウンドなテニスを本領とする34歳のトミー・ハースを見てみるといい。ソニー・オープン(マイアミ)での彼は、世界22位のアレクサンドル・ドルゴポロフ、13位のジル・シモン、そしてナンバーワンのノバク・ジョコビッチを簡単に破ってみせた。新世代の選手たちは、ハースにどう対処していいかわからずにいたんだ。
別の側面から見る大きなトレンドは、ボールをより強く打ち、より多くのスピンをかけることを可能にしたラケットとストリングの進化だね。それゆえに、フィジカル面が向上する必要性が生じたんだよ。
男子のトップ4であるジョコビッチ、ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、アンディ・マレーは、すべてオールラウンドなアスリートだ。彼らは、いまプレーしている選手の中でも最高のアスリートだよ。そのことが、このスポーツのフィジカル面の重要性を示している。彼らは、他のどのスポーツをもプレーできるだろうし、たぶんどのスポーツでも秀でることができるのではないかと思う」
――フィジカルの重要性が高まっている中で、指導する選手たちのアスレチック・レベルを向上させるために、どのような練習やエクササイズを行っていますか。
「アスレチック・レベルを向上させるすべてのエクササイズについて話すには、2~3時間必要だよ。コート内外のエクササイズを通し、肉体的ポテンシャルを最大限に発達させるため、可能な範囲で最高のフィジカル・トレーナーを雇うよう選手たちに奨めている。多くのエクササイズはオフコートで行われるべきだと私は信じているのだが、その理由は、それがテニスをプレーしているときには考えるべきではない筋肉の記憶、反復系のエクササイズだからだ。もちろん、コート上でどのようなタイプの動きをする必要があるかについて学ぶ必要がある場合もある。しかし、コート上ではプレーのメカニズムではなく、プレー自体に集中できるよう、この手のトレーニングのほとんどはコートの外で行われなければならない」
――最高のフィジカル・トレーナーは誰だと思いますか。
「私がいっしょに働いたことのある中では、スコット・バーンズだ。彼はアナ・イバノビッチのストレングス&コンディショニング・トレーナーとして、何年にもわたり彼女といっしょに働いてきた。
それから、言うまでもなくギル・レイエス、そしてマーク・ベルステゲンだろう。私はマリー・ピアースとメアリー・ジョー・フェルナンデス、ミヒャエル・シュティヒをコーチしていたときに、マークと働いた。彼は本当に有能だった。彼はテニス選手だけでなく他のさまざまなスポーツのアスリートたちに、革新的なトレーニング・メソッドを提供する『アスリーツ・パフォーマンス』を創設した人なんだ」
「身体能力の高さはテニス選手としてのアドバンテージとなる。しかし、テニスは戦略と技術、力学的スキルがモノを言うスポーツだ 」
Theme4|アフリカ系選手たちによるテニス界の支配
――今世紀最大のアメリカ人女子選手は、セレナとビーナスのウイリアムズ姉妹です。そしていまもっとも将来を嘱望されるアメリカ人女子選手は、やはりそのほとんどがアフリカ系アメリカ人です。アフリカ系アメリカ人は、特にテニスにおいて、やはりより優れたアスリートなのでしょうか。
「ビーナスとセレナ、またガエル・モンフィスやジョーウィルフリード・ツォンガを見てみれば、これらの選手たちが肉体的にすばらしいアスリートであることは明らかだ。彼らの肉体的強さ、身体能力の高さはテニス選手としてのアドバンテージとなっている。
しかし、テニスには他にも重要な要素がある。テニスは戦術のスポーツでもあり、だからこそダビド・フェレールはソニー・オープン(マイアミ)の決勝に至り、また世界ランク4位にまで上り詰めたんだ。身長175㎝、体重73㎏のフェレールは、ツアーにおいて決して長身で強靭な選手ではない。けれど、彼は並外れたハードワーカーであり、延々とショットを返し続ける能力とメンタル・タフネス、肉体的耐久力によってすばらしいパフォーマンスを見せている。
私たちはアフリカにテニスを普及させるよう働きかけることで、このスポーツをさらに発展させたいと願っている。それが実現すれば、テニスにアスリートや運動能力に関する別の観点が加えられることになるだろう。でもそれが、私が生きている間に起こるとは思えない」
――アーサー・アッシュは、「黒人アスリートは十分なチャンスを与えられさえすれば、バスケットボールや陸上、ボクシングなどの他のスポーツ同様、テニス界をも席巻することになるだろう」と予測しました。
「バスケットボールにおける黒人選手の支配は、NBAを見た場合の“事実”だ。しかし、テニスでは議論の余地があるだろうね。テニスが黒人選手によって支配されるスポーツかどうかは、もう少し様子を見る必要がある。というのも、テニスは単に身体能力が高ければ勝つ、という類のスポーツではない。
私は、テニスが戦略と技術、また力学的スキルがモノを言う、頭脳的かつ精神的なスポーツであり続けることを願っている。そのことが、テニスをあらゆる意味で特別なスポーツにしているんだ。テニスはまだまだ進化しており、さまざまな発展を果たす可能性に満ちたスポーツだ。だからアッシュの予想については、もう少し時間をかけて様子を見ていくしかないのではないかな」
「モンフィスは大きな才能に恵まれている。サフィンとクライシュテルスはもっと多くのことを成し遂げられた 」
Theme5|コーチングをしてみたかった選手、してみたい選手
――コーチをしてみたかった過去のプレーヤー、また現在コーチしてみたい選手はいますか。
「いまの私は、個人的にそのような野心をもっていない。しかし、客観的かつ主観的に一般論を話すなら、どんなコーチであっても、ガエル・モンフィスのテニスを磨き、テニス界の強豪に仕立て上げたいと思うだろう。モンフィスはそうみなされて然るべき選手だ。素晴らしいチャレンジだろうね。というのも、単に彼の運動能力面のスキルと潜在能力だけではなく、メンタルの部分やモティベーションに関わる部分にも働きかけることになるのは、非常にやりがいのある挑戦だからだ。もしモンフィスが、徹底的にテニスと鍛錬に専心し、全力で努力したならば、彼にはコーチなど必要なくなるだろう。それほど大きな才能に恵まれていると思うんだ」
――他に興味をそそられる選手はいますか。
「マラト・サフィンだろう。アディダス・プログラムで少しだけいっしょにやったことがあるとはいえ、サフィンは、私がフルタイムで働いてみたかったもうひとりの選手だ。彼はもっと多くのことを成し遂げることができたはずだった。思っていたよりも早く、彼がテニスから離れてしまったことが残念でならない。
女子に関して言うなら、私は常にキム・クライシュテルスに大きな敬意を抱いていた。キムは2009年にカムバックしたあと、さらに多くのことを成し遂げたとはいえ(3つのグランドスラム・タイトル)、もっと素晴らしい成績を挙げてもおかしくなかったのではないかと思う。いずれにしても、カムバックしてからの彼女は、2007年にテニス界から去ったときとは違った選手であることを示したと言える。
また、現役のトップ選手の中では、グリゴール・ディミトロフとローラ・ロブソンが、コーチングの対象として興味をそそられる選手だね。彼らは次代のスターであるように見える」
「かつて私はハースに、『トミー、私は君にふさわしいコーチではない』と告げた 」
Theme6|なぜ選手がコーチを頻繁に代える傾向にあるのか
――現在ツアーではコーチを頻繁に変える選手が増えていますが、なぜでしょうか。ガエル・モンフィスは、もっとも頻繁にコーチを変えている選手のひとりですが。
「テニスは個人スポーツだ。それぞれのプレーヤーのために備え付けのコーチやチームがあるわけじゃない。選手にはたった一度のキャリアしかないので、当然ながらそれを最大限に高めたいと願っている。毎週、自分の成績と直面し、コーチとの関係がうまくいっているにもかかわらず、それに見合うだけの結果が出ていなかったり、コーチとの間に信頼が築かれていなかったりしたなら、コーチがやめたり、解雇されたりすることになり、コーチが頻繁に変わるのを目にすることになるだろう」
――コーチの変更が起きるとき、それは誰のせいなのでしょうか。
「モンフィスや彼のコーチング・スタッフの構造についてはよく知らない。彼がフランス・テニス協会の育成機関の出身で、部分的には協会の外で育てられたことくらいは知っているが、なぜモンフィスがこんなにコーチを替えたのかを言い当てることは難しい。ただ、選手を責めるべきではないと思う。ときに、コーチに責任があることもある。そのコーチは育成者としての十分な教育を受けているのか? プロとしての姿勢を十分にもつ人なのか? さまざまな性格の選手を扱うに十分なだけの経験を積んでいるのか?
私は一度、トミー・ハースとともに働いたことがあるのだが、3年が過ぎたとき、私は彼に『トミー、私は君にふさわしいコーチではない。君と働くのは好きだが、私は自分が君のポテンシャルを最大限に高められるとは思わない』と言ったんだ。彼は素晴らしい選手でありアスリートだと私は思っていたが、同時に彼には違った指導が必要だと思っていたため、自らその仕事から離れたんだ」
――何が理由でうまく機能しなかったのですか。
「私は選手と“いっしょに”働くのが好きなのだが、トミーは“彼のために”働く誰かを探し、必要としていた。その形での方が、トミーはよりうまく機能するんだ。これは、選手の性格に関わることだ。トミーは、私が独裁的に断固として振る舞うことを望んだが、同時により民主主義的、服従的であることも必要としていたんだ」
――非常に違ったその3つのすべてであろうとするのは、難しいことではないですか。
「前にも言ったように、これはコーチングについてくる、それぞれ非常に違った特徴だ。それはそれでいい。でも、私は他のふたつのタイプよりも、より民主的なスタイルを好んでいる。そして、自分の仕事を楽しみたいとも思っている。私は彼と“いっしょに”働きたかったが、“彼のため”に働かなければならないとなれば、それはまったく違ったものだ。
トミーがコーチに求めていた役割を、私は引き受けることを望んでいなかった。そして、その役割はボロテリー・アカデミーのレッド・アムスが引き受けた。私はトミーに、肉体的により強くならなければならず、そうするためのより良いプランを作るべきだと言った。そして私たちが別れたあと、彼は非常に強度の高いフィジカル・トレーニングのプログラムを導入したんだ」(次回に続く)
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