ウインブルドンでフェデラーと対戦した『普通の人』マーカス・ウィリスが選手としてのキャリアに別れ

写真は2016年ウインブルドンでのマーカス・ウィリス(イギリス/右)とロジャー・フェデラー(スイス)(Getty Images)

2016年ウインブルドン本戦でロジャー・フェデラー(スイス)と対戦したときに世界ランク772位だった『普通の人』マーカス・ウィリス(イギリス)が選手としてのキャリアを終え、子供たちに「誰もが夢を生きることができる」ことを学ぶ手助けをするためにコーチのキャリアに集中することになった。

 30歳のウィリスは木曜日に自身のツイッターを更新し、プロテニスからの引退を表明した。

 センターコートで行われた5年前のウインブルドン2回戦でフェデラーに敗れたとき、ウィリスは15分――試合自体は1時間25分だった――にも及ぶ喝采を浴びた。

 当時の彼は自宅に両親と住んでおり、主に中央イングランドのクラブで自給40ドルのテニスレッスンをすることで生計を立てていた。テニス界でもっとも神聖な芝のコートでまるで映画から飛び出したような経験をすることになったウィリスは、フェデラーのウェアのスポンサーが作った袖にグレイの“RF”のロゴが入った白いシャツを身に着けていた。

 彼のストーリーについて当時のフェデラーは、「黄金の価値がある」と表現した。

 木曜日にウィリスはそのときのもっとも印象的なシーンのYouTube動画のリンクを付け、思い出が詰まった試合を自ら祝った。それは彼が芝の上で滑りながらも体勢を立て直し、最終的にフェデラーの頭上を抜いてコート内に入ったロブで締めくくられた14本のラリーだった。

「僕はコート内外で覚えきれないほどのミスを犯し、そこから多くのことを学びました。僕は誇らしい気持ちで一杯だし、可能な限り厳しくクレイジーな方法でオールイングランド・クラブの本戦への道を切り開いたことを誇りに思っています」とウィリスは想いを綴った。

「僕は世界でもっとも素晴らしい大会のもっとも素晴らしいコートで、史上最高のプレーヤーと対戦しました。そして僕は自分がその夢を実現するため、たゆまぬ努力をしてきたことを自覚しています」

 最終的にウィリスは、ツアーレベルの本戦で1勝1敗の戦績を残した。そこには5年前のウインブルドン1回戦で記録したリカルダス・ベランキス(リトアニア)に対する6-3 6-3 6-4の勝利、そしてグランドスラム大会で20度優勝したレジェンドであるフェデラーに対する0-6 3-6 4-6の敗戦が刻まれている。

 しかしながらウィリスはそのべランキスに対する試合に至るため、予選での3試合に勝たなければならなかった。彼は初戦で日本の杉田祐一(三菱電機)に勝ったあと、当時は無名だったが今やトップ10プレーヤーとなった若き日のアンドレイ・ルブレフ(ロシア)とダニール・メドベージェフ(ロシア)を倒してその舞台にたどり着いていた。

 さらにウィリスはその予選出場権を得るため、ランキング下位のイギリス人選手のための特別なプレーオで3試合に勝つ必要があったのである。

 その1年後に戻ってきたウィリスは予選決勝で敗れ、それ以降は決してシングルス本戦の舞台に至ることはできなかった。しかし彼はジェイ・クラーク(イギリス)と組んだダブルスで、2017年に3回戦進出を果たした。

 ATP(男子プロテニス協会)の公式サイトによれば、ウィリスは2018年6月にノッティンガムでのATPツアー下部大会のチャレンジャー予選で敗れたのを最後に公式戦でプレーしていない。彼のキャリア最高ランキングは、2014年の322位だった。

「自分の本心に耳を傾け、自分自身とここまでの旅を通して非常に暖かく僕をサポートしてくれていた妻と子供たちの未来を考えなければならない時期がきました。簡単な決断ではありませんでしたが、100%正しいと信じています。『ゲームセットアンドマッチ』と言うべきときがきたのです」とウィリスは引退の理由を説明した。

 今後についてウィリスは自分のポッドキャスト(インターネット上で音声や動画のデータファイルを公開するコンテンツ)『ウィリスについて何を話している?』で配信を行い、「次世代にモチベーションを与え、彼らに誰もが夢を生きることができるのだと示す」ことを目指して認定コーチになることを計画していると明かした。(APライター◎ハワード・フェンドリック/構成◎テニスマガジン)

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写真◎Getty Images

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