ボブ・ブレットのコーチングブック(2)コーチングは芸術である「THE ART OF COACHING」
指導◎ボブ・ ブレット 通訳◎松岡修造、櫻井準人
主催◎修造チャレンジ 共催◎日本テニス協会
取材・文◎テニスマガジン編集部 写真◎井出秀人、川口邦洋、菅原 淳、小山真司
コーチ講習会スケジュール(2001年11月19日)
09時00分 集合
09時30分 会議室にてレクチャー
12時00分 昼食
13時00分 オンコート講習&トレーニング講習
18時15分 夕食
19時00分 ミーティング(質疑応答、ディスカッション)
21時00分 終了
ボブ・ブレット(以下、敬意を込めてボブと表記)の「コーチングは芸術である/THE ART OF COACHING」と題した約2時間にわたる午前中の講義から、一部を抜粋して紹介する。本文はボブが進行する。
コーチングは芸術である/THE ART OF COACHING
1「コーチの役割」(ボブのコーチング理論)
2「持続的で競争力のある利点を発展させる」(技術、精神力、戦略、体作り)
3「スケジューリング」(トーナメント戦略)
4「報酬とすばらしい思い出」(指導した選手たちとの思い出)
「常に自分のしたことをさらによくするにはどうしたらよいか考えよう(向上心)」
私は、コーチには
芸術性が求められると思う。
これまで修造をはじめ、ボリス・ベッカー、ゴラン・イバニセビッチ、ニコラス・キーファーをはじめ、いろいろな選手とたくさんの仕事をしてきた。そこからたくさんのことを学んだ。私は彼らといっしょに成長することができたと思っている。
選手を教えるとき、私は彼らをプロにしようと思って教えきたわけではない。相手がどんなレベルであっても、私は彼らのテニスが上達するように、その手助けをするのが仕事だと思ってやってきた。選手の持っている能力を最大限引き出すのがコーチの仕事であり、それができたときチャンピオンが生まれるのだと思う。
ベースとなるのはーー信頼し合い、尊敬し合う、そんな関係だ。いろいろな経験をいっしょにして、いっしょに考えて、お互いに成長していく。ただいっしょにテニスをするだけの関係ではない。ときに父親に、兄に、ときに友達に、そうする中で、すべてのことがひとつにまとまっていき、成功が生まれるのだと思う。
偉大なコーチとはーー。
選手が偉大になれば、コーチも偉大になるわけではない。コーチはいかに選手とコミュニケーションし、その選手にどれだけ自分の力を費やすことができるかにかかっている。ただボールを打っているだけではない。何を選手に与えられるかを常に考え、その考えの中から必要なものだけ必要なタイミングで与えられ、その微妙なさじ加減ができる人がコーチとして卓越した人ではないか。
偉大なコーチはひとりのチャンピオンを育てるだけでなく、いろいろな選手に影響を与え、いろいろな形でチャンピオンを育てている。テニスの競技の上だけでなく、別の世界でもチャンビオンと呼ばれる人を育てている。
だからこそ、コーチはいろいろなことを勉強し、いろいろなことを身につけなくてはならない。常に自分のしたことを、さらによくするにはどうしたらよいかを考える向上心を持つことだ。なぜなら、そういう自分がひとつの「芸術」を生むからだ。
植物を例に出そう。木を育てるとき、小さな種を土に植え、それがどんな木に育っていくか想像しながら、立派な木に育つように愛情を注ぐ。必要なものを必要なタイミングで与え、そのうちに木はどんどん育っていき、その様子を見ては、もっともっと大きくなるようにとモテイベーションを与え、もっともっと大きな木へと育てていく。そういうこととコーチの仕事は似ていないか。
ビジョン、プラン、メソッド
コーチはまず「ビジョン」を持つ。そして「プラン」を立て、「メソッド」を持たなければならない。選手の能力をどのように最大限に引き出すか方法を考え、どのようにしたいという問いかけに対して明確な答えを持つ。それが「ビジョン」。そして選手がどのような段階を経て能力を出していくか、育てていくかという「プラン」を持つ。そしてひとつひとつのポイントを押さえ、順序立てられる方法=「メソッド」を持たなければならない。
相手がプロだろうと、初心者だろうと、相手に関係なく、テニスを見たそのときに、その人をどこまで持ち上げるかという「ビジョン」をつくり上げる。そうしなければ前に進めないばかりか、関係が築かれることはない。プロも初心者も、最初は自分よりも低いところにいる。それを持ち上げることがコーチの仕事だ。その気持ちを忘れてはならない。
「一日の終わりに、『If(もし〜していれば……)』という気持ちを残さない。最善を尽くすのだ」
選手に何かをやらせるときは、やらせる理由を持つことが大切だ。なぜそれをやらせるのか自分がしっかり理解していなければ、それはやらせられない。選手は決してやらない。
偉大な選手になる可能性がある選手は、新しくやることに対してなぜそれをやるのか、どういうふうにそれをやるのかと、多くの質問をしてくるものだ。そのとき説明できないことをやらせてはいけないし、説明できないことは、選手はコーチのその様子をフィーリングで感じて、やらないものである。
そういう関係を築いてはならない。選手を従わせるには、自分の意見と答えをが必要だ。そこに確信を持っていることも重要である。それを持つことで初めて選手はコーチのエネルギーを感じ、従うのである。
私は若い頃から、オールラウンドなテニスを教えている。そのために選手を育てるのに時間がかかっている。どこからでもポイントが取れるオールランドプレーヤーを育てたいといつも思ってきた。
テニスはひとつのショットを身につけているだけでは十分ではないスポーツだ。そうやって「将来」のことを考えると、いくつかの武器を持ち、それらをうまくコンビネーションしてゲームをつくる必要があることがわかる。だから、ひとつの武器では足りない。ひとつの武器では短い期間の成功はあっても、長い期間の成功はないのだ。
一日の終わりに、今日の自分はどうだったか、ひとつひとつ振り返って、うまくやれたかと自分自身に問いかけるようにしよう。「If(もし〜していれば……)」という気持ちを残さないで、最善を尽くすことだ。目指す目標を達成するには、何が必要で、それにはどのくらいの時間がかかり、どのくらいの危険がともなうか、自分自身で毎日、確認しよう。
何かを進歩させるには長い年月がかかるものだ。選手は一回の勝ち負けにがっかりしたり、喜んだりするだろう。しかしコーチの頭の中ではどうするべきかという「ビジョン」に「ステイ・フォーカス」=焦占を合わせ、焦点はぼかさないことだ。それは決して簡単なことではないが、それだけは譲ってはならない。自分の意見をしっかり持つことが大切だ。それが目的達成の重要なポイントのひとつでもある。
コーチの仕事
コーチは選手からお金をもらう。いわば選手はお金を出してくれる会社の持ち主だ。選手=会社の運営をコーチは責任者として任されている。
会社にはいろいろなセクションがあり、それを統括するのもコーチの仕事だ。会社がうまくいくように=選手が勝つようにリーダーシップを働かせないといけない。会社がうまくために必要ないい人材を集め、適したセクションに配置するのも仕事。それらの人たちがいい仕事をし、ひとつにまとまって同じ目標を目指し、チームとして働いたとき、大きな成果は生まれるだろう。そういうリーダーシップもコーチに求められる。
だからこそ、コーチには知識やアイディアが必要とされるのだ。それらは自信を与えてくれる。人にやらせるからには自分に自信がなければ、コーチが自信を持つから選手はやるのだ。そして選手は上達するのだ。
幅広い知識を得るためには、いつもアンテナを張り巡らし、選手がうまいくのに必要なことを集め、考える。
自分の能力をよく理解して、足りないと思ったら、テニスだけでなく、ほかのスポーツ、あるいはほかの世界から吸収していくのもいいだろう。世の中には成功した人がたくさんいるものだ。そこへ自分から求めて入っていくことも大切なことだろう。
ただしコピーはいけない。真似はしない。いいものはコピーするのではなく、革新として受け止め、自分の形にしてよい方向へ持っていくのだ。
ベッカーを例に挙げよう。彼はサービスをフォアハンドのグリップで打っていた。誰がどう見ても、彼のグリップはコンチネンタルグリップではなく、本来なら、彼はそれを子供の頃に直すべきだった。だが彼はそれをハンディキャップとはせず、誰も真似できない武器に変えた。彼は未来を変えた。革新を起こしたのである。
しかし、だからといってそれはコピーするものではない。人ヘすすめるものでもない。あれは彼のオリジナルだ。
選手の「ピーク・パフォーマンス(=最高潮)」に向かい、いろいろな知識を集め、テイスティング(=tasting/経験する)」し、整理し、やるべきことをやる。そしてひとつの芸術が完成される。それがコーチの仕事だ。ーーそうして、やがて選手はピーク・パフォーマンスを迎える。そしてチャンピオンになる。そのとき、その選手が次に必要なことを考えても、考えてもそれ以上思い浮かばないときは、コーチは違う選手、違うものにチャレンジするときである。同じテーブルに座り続けるべきではない。次のテーブルヘと向かうチャレンジ精神を持ちたい。
その気づきこそ、コーチのためであり、選手のためである。コーチが気づけば、選手は次のステップにいくことに気づくはずだ。そうやって人間関係は築かれていくものだと私は思う。
修造チャレンジ・トップジュニアキャンプの練習に参加した鈴木貴男プロを指導するボブ。選手がよりよくなると思うことは、たとえ自分が教える選手でなくてもはっきりと伝える姿に、鈴木プロの目も真剣そのものだった。
最後の言葉
このような機会(コーチ講習会)を与えてもらい、また一生懸命に自分から何かを得ていきたいと思う方々に話ができてとても光栄に思う。私自身もっともっと上達したいし、チャレンジしたいと思っている。そのためのこの経験から、少しでもみなさんに与えることができたら私はうれしい。
もしも私の言うことをみなさんが心から感じ、覚えたら、それをテイスティングして自分のものにしてほしい。強い気持ちを持っていれば選手は必ずみなさんのそういうモティベーションを肌で感じて、きっと成功を遂げる。そういう〈コーチの仕事〉をやり続けていけば、必ず偉大な選る手は育つはずだ。
将来、その選手を連れたみなさんと、どこかのグランドスラムの会場で会う日を楽しみにしたい。そのとき振り返ってみて、私と接したその日が始まりだったということになればとても光栄に思う。
この経験が生かされ、成功に少しでも近づくことを期待したい。
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