イタリア・テニス復活と進化の秘密
2010年代に入り女子テニスが隆盛を極め、ついにイタリア男子テニスが復活と進化を遂げつつある。フォニーニの躍進に続きベレッティーニがトップ10に名を連ね、今ではシナー、ムゼッティを筆頭に、将来を嘱望される若手たちは枚挙に暇がない。34年にわたり『ガゼッタ・デロ・スポルト』でテニス番を務めたイタリアのベテラン・ライターが、イタリア・テニス界全体で取り組んできた復活と進化の秘密を解き明かす。(テニスマガジン2021年1月号掲載)
文◎ビンチェンツォ・マルトゥッチ 写真◎Getty Images 翻訳◎木村かや子
皆がヤニク(シナー)、マッテオ(ベレッティーニ)の話をしている。ロレンツォ(ムゼッティ)、ファビオ(フォニーニ)もいる。
今日、イタリアと世界の多くの人々が、『イタリア・テニスの四銃士』を称えている。19歳と若く早熟だが、それでいて成熟した強さを持ち、常にイタリア・テニス界で将来を嘱望される星だったシナー。シーズン末にトップ8が集うATPファイナルズとグランドスラムに、再びイタリア出身の登場人物を提供したパワフルな24歳、ベレッティーニ。アーティストのタッチを備えた魅惑のバックハンドを持つ18歳のムゼッティ。『トップ10』のタブーが偽りであることを立証しつつ、晩年と思われたときにモンテカルロでマスターズ1000のタイトルを獲得し、キャリアを再発進させた33歳のフォニーニ。彼らがその面々だ。
加えて、25歳の「ミスター生真面目」ロレンツォ・ソネゴもいる。彼らはイタリア・テニスのルネサンス(復興)の新しい顔だ。しかし、このターニングポイントの秘密はひとつやふたつではない。イタリアには珍しく、これらの現象はバラバラに起きた単発の、偶発的な出来事ではないのである。
FITの決定的な貢献
重要だったのは8年の間に4度のフェドカップ(現ビリー・ジーン・キング・カップ)優勝を遂げた、フランチェスカ・スキアボーネ、フラビア・ペンネッタ、サラ・エラーニ、ロベルタ・ビンチら素晴らしき女子選手たちによる、プロとしての、そしてまた人間としての模範だった。
内部の健康的なライバル関係のおかげもあり、このチームがイタリア・テニスの歴史に残る非常にハイレベルな成績を挙げ、最初のセンセーションをもたらした。2010年フレンチ・オープンのスキアボーネ、15年USオープンのペンネッタによる2度のグランドスラム女子シングルス優勝、さらに11年ロラン・ギャロスのスキアボーネ、12年ロラン・ギャロスのエラーニ、15年USオープンのビンチと3度の決勝進出。この皆が一度はトップ10に食い込み、エラーニとビンチはともに組んだダブルスで5度のグランドスラム優勝を遂げてダブルス世界1位に輝いた。
イタリア女子は2006年からの8年間で4度のフェド杯優勝。2010年時のメンバーは左から監督のバラズッティ、スキアボーネ、ペンネッタ、エラーニ、ビンチ。個人でもグランドスラムをはじめ華々しい成績を挙げている
電撃的だったのは、マルコ・チェッキナートの才能の爆発だった。18年のロラン・ギャロスの準々決勝、ノバク・ジョコビッチに対する勝利で最高潮に達したまったく予想外のベスト4進出をもって、より上位にいた同胞たち――第一にフォニーニを揺り動かした。彼らは国内、また世界の舞台での階級制における、このような「追い越し」を受け入れることができなかったのである。
より低いレベルの大会ですれ違い、倒したことのある者、特にチェッキナートと同年代の中堅と呼べる年齢層の選手たちに、緊張感と奮起のエネルギーを与えたのだ。「もし彼が成功したなら、どうして僕にやってのけられないわけがある?」の精神である。ぬるま湯につかる代わりに自分たちに再び挑戦を課し、マッシモ・サルトーリという素晴らしいコーチ(アンドレアス・セッピの師で、シナーを発見した人物でもある)が「チェッキナート世代」と呼んだ者たちを再発進させることになった。
これらの現象の中で、イタリアテニス連盟(FIT)の貢献は決定的な役割を果たした。中央機構のテクニカル部門の責任者たち――元世界25位のフィリッポ・ボランドリ、元ニック・ボロテリー・アカデミーの指導者だったウンベルト・リアンナらのおかげで、彼らはプライベート・セクターとパブリック、つまり公私の部門の協力関係を固め、財政的サポートや、医療スタッフの提供など様々な後方支援(※別途解説)によって、すべてのプロ選手の活動をサポートした。
FITはまた、より若い年代のための鍛錬の場となった非常に価値あるITF大会とチャレンジャー大会のナショナル・サーキットを作った。このことが源となり、それほど若くない選手や元プロたちをテニスクラブなどでのレッスンから解放して、隣国スペインの同業者たち同様、ツアーを巡るコーチに変貌させることになったのだ。それだけではない。08年11月10日からFITはスポーツキャストを通し、イタリア・テニスの理想的な全国プロモーションのため、ワンテーマ・スタイルの唯一のイタリア無料スポーツTVネットワーク「SUPER TENNIS」を運営している。
イタリア勢の進撃
これらすべての膨大な努力により、確かな成果を生み出しながら、非常に高いレベルでイタリア・テニスの復興運動を再発進させた。
実際、76年にローマとフレンチ・オープンで優勝し、コラッド・バラズッティ、パオロ・ベルトルッチ、トニーノ・ズガレッリと手を組んでデビスカップを制したアドリアーノ・パナッタの恩寵の時代以降、イタリアはもはや世界のテニス界の主役ではなくなっていた。いや、より悪いことに、イタリアはラケット販売の経済的ブーム、エリート・スポーツの普及の文化的ブームの波に乗り損ね、チャンスを浪費してしまっていたのだ。
そんなわけで、過去にそうだったようなテクニック第一主義ではなく、より頭脳とフィジカルが結びついたモダン・スポーツの基準と歩調を合わせるため、イタリアはほかの国々よりもずっと多くの時間を費やしつつ、再スタートを切らなければならなかったのである。
これらすべての経緯の末に、ここ数年に起きたイタリア選手たちの進撃は、突然で、抗しがたいものだった。18年6月のチェッキナートのフレンチ・オープン準決勝進出に呼応するかのように、7月のグスタッドにおけるベレッティーニの初のATPタイトルが続き、夏にはフォニーニの3度の決勝進出(バスタードとロス・カボスでの優勝、成都で準優勝)、そしてソネゴのトップツアーにおける最初の実力発揮も目にすることができた。
19年に入るとイタリアのテノールたちの追撃は激しさと重要性を上げ、三銃士にダルタニアンであるベイビー・シナーも加わり、さらに競ったものとなっていく。3月にベレッティーニはフェニックスのチャレンジャーで優勝し、フォニーニの反撃を扇動した。フォニーニはモンテカルロでまたもラファエル・ナダルを屈服させ、68年の二コラ・ピエトランジェリの3度目の優勝から半世紀を経て、モナコ公国の受賞者名簿にイタリア人の名を再び刻み、こよなく愛するレッドクレーの上で熱狂したのだった。
モンテカルロでは予選からスタートして準々決勝に至ったソネゴが、6月のアンタルヤの芝で初のATPタイトルを獲得する喜びを味わった。
チェッキナート(右)のブレークとベテラン・フォニーニの躍進がイタリア男子テニスに火をつけた
次々とブレークする才能
そして長年の師であるビンチェンツォ・サントパードレとともに多くの技術面、戦略面、心理面のトレーニングを積んできたベレッティーニは、ついに解き放たれ、猛威を振るった。クレーコートではブダペスト優勝、ミュンヘンでも決勝進出、芝の上でもシュツットガルトで優勝した。
そしてUSオープンのハードコートで、現デ杯監督コラッド・バラズッティがやってのけた42年後、歴史的にイタリア人にとってもっとも困難とされていたこのグランドスラムの準々決勝にイタリア人を連れ戻すという殊勲を上げた。超人ナダルに敗れたものの、ベスト4進出という快挙を成し遂げたのだ。
素晴らしいサービスとフォアハンドを備えるこのローマ出身のパワフルな若者は、さらに上海とウィーンで準決勝に進出し、11月4日付で世界ランキング8位に至った。17年末の135位からの大いなる飛躍だった。イタリア人をシーズン末のエリート対決、ATPファイナルズに連れ戻したのである。ベレッティーニは75年のパナッタ、78年のバラズッティに続き、その栄誉を実現した史上3人目のイタリア人となった。
彼はスーパー8の大会で少なくとも1試合に勝った(対ドミニク・ティーム)最初のイタリア人であり、一年に3つのATPタイトルを獲った32年ぶりのイタリア人、またニコラ・ピエトランジェリ(3位)、パナッタ(4位)、バラズッティ(7位)に続いてイタリア・テニス史上4番目に高い世界ランキングに至った男子プレーヤーとなった。同年10月6日、イタリアはセッピ、ステファノ・トラバグリア、トーマス・ファビアーノ、サルバトーレ・カルーゾと合わせ、世界100位以内に8人の選手を抱えるまでになった。
まだ描き出されていない輪郭から、驚くべき成績を生む可能性を秘めた、限界の見えない素晴らしい個人的資質が浮き彫りになり始めている。初めてイタリア・テニスは、はっきりと頂点に狙いを定めているのだ。目標はもはやATPツアーの大会に出場することではなく、グランドスラムで少なくとも2週目に至ること、あるいはトップ10に入ることであり、さらなる高みを見つめてもいる。
彗星と呼ぶべき存在がモダンなプレーヤーであるシナーだ。18歳になるかならないかというときに「Next Gen ファイナルズ」に出場し、決勝ではるかに実績があった堅固なアレックス・デミノーを辱めた。「ノバク・ジョコビッチ風の」強いメンタルとフィジカルを持つシナーは、現在のもっとも偉大な選手たちと比較され、過去の偉大な選手たちから称賛を引き出している。
「僕の野望は非常に大きい。それは世界1位になることだ。まだまだあらゆる面で大いに成長しなければならないことはわかっているけれど、僕はそれをやってのけるため、毎日毎日、ハードワークを積みたいと思っている」
リグリア地方のボルディゲラのピアッティ・アカデミーで育成されたアルト・アーディジェ地方出身のシナーは、急速に頭角を現していった。19年1月にはまだサテライトの大会でプレーしていたが、10月には世界ランク46位に浮上。その1年後にはロラン・ギャロスでアレクサンダー・ズベレフを倒し、王者ナダル以外の誰にも負けることなく準々決勝にたどり着いた。そして11月のソフィアではイタリア人史上最年少の19歳3ヵ月でツアー初タイトルを手にしたのである。
模範は連鎖反応を生む。その3年の間にコーチのジポ・アルビーノは、その長く細い手足ゆえ「タコ」とあだ名されたソネゴをチャンピオンのメンタルを持った選手へと変貌させ、世界ランク300位から32位へと押し上げた。ソネゴは世界1位のジョコビッチを驚かせた6人目のイタリア人選手でもある。ラッキールーザーとして本戦に滑りこんだ今年のウイーンの準々決勝で6-2、6-1と現王者を圧倒。ATP500大会では初の決勝進出を果たしたのだ。
マスターズ1000のローマの成功がFIAの大きな財源となっている
ATPファイナルズ開催
驚きかもしれないが、男子テニスもまた世界最高峰のスポーツの技術的、運動能力的、戦術的、心理学的、科学的リサーチを掘り下げた、最も先進的な考え方と歩調を合わせている。
「MADE in ITALY」による勝利のイメージがますます広がっているのは、世界的な大舞台におけるイタリア人アスリート全般の並外れた成績を支えてきたのは、もはや天賦の才の即興的ひらめきだけではなく、継続性や計画性、真の労働哲学の賜物なのだ。
これは中央組織をもって、指導者の育成をサポートし、現代化し、監視しつつ、ノウハウの寄与において膨大な貢献を果たしたFITのおかげだとも言える。彼らはフィレンツェの男子テクニカルセンターと、それぞれの地方の現実を常につなぎ合わせつつ、不可欠だった質の向上をコーディネートした。
アンジェロ・ビアンキがFIT会長になった2000年の初頭から、首脳陣は過去の運営からくる重い財政的傾斜を解決し、株式会社『コーニ・セルビツィ』(19年から『スポーツ・エ・サルーテ』に改名)と契約。イタリア・オリンピック委員会の活動を支えているこの公立会社は、BNLイタリア国際(ローマ)の会場であるフォロ・イタリコのエリアの再構築から始まって、すべての活動を能率化させている。
このような好循環に乗り、ますます良い方向に進みつつあるサイクルの中で、30年に生まれた国内最大のテニス大会であるローマが19年には1300万ユーロの収益を上げるまでの成功を収め、このムーブメントの最初の財政供給源となった。これはつまり財政的自給自足が可能になったということ、FITの企業としての自立を意味しており、それゆえハイレベルな競技活動で新しい可能性を求めるための刺激ともなった。
そして17年にはミラノにおいてロジャー・フェデラー、ナダル、ジョコビッチといったスーパースターたちが去ったあとの時代の移行に最良の形で付き添うことを目指した21歳以下のシーズン最強選手たち8人が集う「Next Gen ファイナルズ」開催への挑戦が実現する。内容のみならず大会運営能力という面でも、この「Next Gen」が非常に良い結果を収めたことがFITの男子大会における運営能力の高評価・信頼性を保証し、ローマ大会を上回るレベルの世界的大会への窓を大きく開け放つことになった。
イタリアは21年から少なくとも5年の間、ATPツアーのトップ8が集う「ATPファイナルズ」を開催することになったのである。1800万ユーロという莫大な財政的エクスポージャー、さらに3200~6000万ユーロの収益の展望と共に、ATPファイナルズはロンドンのO2アリーナから、トリノのパラアルピツアーに場所を移ことになる。
そもそもATP運営陣の頂点に、元世界18位だった現会長のアンドレア・ガウデンツィ、CEOにマッシモ・カルベッリというイタリア人のペアが立つことになるなど、誰が想像できただろうか? イタリアが、スウェーデンが実現した男子テニスにおける重要な成功のあと、スペイン、フランスといったヨーロッパの強豪たちとの不可能な比較から抜け出ることになるなど、誰が夢見ただろうか? 新しい四銃士が現れた直後に――それはすべての年代、すべての地方で使われている表現だ――18歳にしてすでにその実力を証明して見せたムゼッティから、同い年のジュリオ・ゼッピエリ、マッテオ・ジガンテ、17歳のルカ・ナルディまで、これほどまでに将来有望な若手の大群が現れるなどという仮説を、誰が立てていただろうか? さらにパレルモの街が、パンデミック後の初のWTA大会を開催し、そのほかの小さな多くの街でチャレンジャー大会が誕生し、ローマがこの状況下で大会を開催する勇気と力を持ち合わせていたなど、誰が推測できただろうか?
しかし、それが現実に起きていることなのだ。イタリア・テニスのルネサンスへようこそ!
2017年から「Next Genファイナルズ」をミラノで開催。昨年はシナーが優勝を果たした。そして2021年からはついに「ATPファイナルズ」をトリノで開催する。伝統のローマ・マスターズを含めイタリアがATPツアーの中心地の様相を呈してきた
2021年末ランキング
順位 名前 年齢
7 マッテオ・ベレッティーニ(25歳)
10 ヤニク・シナー(20歳)
27 ロレンツォ・ソネゴ(26歳)
37 ファビオ・フォニーニ (34歳)
59 ロレンツォ・ムゼッティ(19歳)
62 ジャンルカ・マジェル (27歳)
78 ステファノ・トラバグリア(29歳)
100 マルコ・チェッキナート(29歳)
102 アンドレアス・セッピ(37歳)
153 フェデリコ・ガイオ(29歳)
==========
FITの後方支援
ビアンキがFIT会長となった2000年あたりから徐々に確立されていったサポートシステム。医療スタッフ(フィジオ、カイロプラティックの専門家、心理学者を含む)、マッサージ、検査などを頼む費用をFITが負担し、ケア&医療のスタッフ2、3人が重要な大会に同行してイタリア人選手全員をサポートする。ティレニアにあるナショナルテニスセンターでは選手が好きなときに練習ができ、その際の医療のサポートや宿泊・食事は無料で提供される。これらのサポートには、「招集されたらデ杯に出場する」「FITが運営する国内の重要大会に出場する」「FITの公式なプレゼンテーションに出席する」などいくつかの条件がある。通常18歳以上が対象だが、より若い選手でも重要な存在になると認められれば同様のサポートが与えられる。
著者PROFILE
Vincenzo Martucci/ビンチェンツォ・マルトゥッチ◎1957年、イタリア・ナポリ生まれ。イタリアのスポーツ紙『ガゼッタ・デロ・スポルト』のテニス専門記者として34年間働き、その間にオリンピック8大会、100を超えるグランドスラムを取材。2009年に「ロン・ブルックマン・メディア・エクセレンス賞」を受賞。近年はラジオ、専門誌、www. supertennis.tvなどのウェブ媒体でも活動・執筆。すべてのスポーツの掘り下げた分析や意見を掲載する唯一のイタリア・スポーツ・サイトwww.sportsenators.com のディレクターを務める。『アガシの人生』『ナダルは宇宙人』『セレナ、テニスの女王』『イタリアテニスのルネサンス』『レッドクレーのグラディエイター』などテニスに関する書籍を執筆・出版したほか、世界テニスの歴史に関するふたつのDVDシリーズと学術専門書を作成・編集し成功を収めている。
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