「近所のお店に出掛けたときも近くに爆弾が落ちた」イエストレムスカがウクライナでの壮絶な体験を語る [WTAインディアンウェルズ]

ウクライナ国旗を広げたベンチの横に座るダイアナ・ヤストレムスカ(ウクライナ)(Getty Images)


 WTAツアー公式戦の「BNPパリバ・オープン」(WTA1000/アメリカ・カリフォルニア州インディアンウェルズ/3月日9~20日/賞金総額836万9455ドル/ハードコート)の女子シングルス1回戦でダイアナ・イエストレムスカ(ウクライナ)がカロリーヌ・ガルシア(フランス)に4-6 7-6(8) 5-7で敗退したあと、ウクライナで経験したことについて特別インタビューで語った。

この数週間、大変な思いをしてきた。

「ここにいられることがうれしい。私の両親は今もウクライナのオデッサにいる。大変な状況になっているから怖い。常に地下室や地下の駐車場にいなければならない。通常は12階に住んでいるけど、今はほとんど地下に籠っている。連絡は頻繁に取るようにしている。たくさんは話せないけど、地上にいてインターネットが繋がるときは話している。私の試合を観てくれていたらいいなと思っている」

ウクライナから妹のイバンナと一緒に脱出した行程を教えてもらえる?

「思い出すのも辛い。私の記憶が正しければ、2月24日(木)にリヨンへ向けて出発する予定だった。前日にはすべての荷物を準備していたけど、爆撃の音で朝早くに目が覚めた。私はキッチンに走って“これは何?”と叫んだの。何が起きているのか尋ねたら、父が戦争が始まったと教えてくれた。信じられなかった。夢なのか、現実なのかわからなかった。ニュースをチェックして、他の街で起きていることを知った。それで私たちの計画は一から考え直した。飛行機での移動ができなくなった。車での脱出も考えたけど、国境が封鎖されている場所も多かった。どこもかしこも攻撃を受けていたから、車での移動は危険でもあった。妹と朝に近所のお店に行ったときも、近くに爆弾が落ちたほど。物凄い爆発音で本当に怖かった」

「それで24日(金)の夕方に、母、私、妹を翌朝に脱出させることを父が決断したの。車で国境の街イズマイールへ行き、そこからルーマニアへ渡ろうとした。車で国境を越えようとしたけど、できなかった。暗くなるし、長く待つ訳にもいかないから、最後は歩いて国境を越えた。だけど、最後の最後で母は父とともに残ることにしたの。私は妹と2人で去らなければならなかった。とても辛く、たくさん泣いた。妹が泣きながら父とお別れのハグをしている動画を投稿したと思う。私はしっかりしなきゃいけないと奮い立った。次いつ両親と会えるのかわからないけど、父に言われたの。“お前には妹の面倒を見る責任もある。戦争がどのように終結するかもわからないから、自分の未来を自分で切り開くしかない”とね。いつも2人で一緒にいて、お互いをサポートし合わなければならないと。冗談交じりだったかもしれないけど、今ようやくその言葉が理解できた。今、自分の“戦争”が始まったから」

「振り返ると、国境を越えることがどれほど大変なことだったのかが理解できた。船で川を渡るとき、向こう岸に両親が残っているという事実があり、今後どうなるかまったくわからない状況になった。それから国境を越えてブカレスト(ルーマニア)へ移動し、数時間ホテルで睡眠を取ってから、リヨン(フランス)へのフライトに乗った。リヨンでの大会も大変だった。でも、本当にたくさんの人がメッセージをくれて、応援してくれた。世界中からあのような温かい言葉がもらえるとは思ってもみなかった。自分のためだけでなく、ウクライナのために大会を戦った。私がウクライナのために戦う姿を見せたかった。私たちの命のためにウクライナに残って戦っている人々のことを誇りに思う」


「常にウクライナカラーを身に着けている」というダイアナ・イエストレムスカ(ウクライナ)(Getty Images)

ダイアナ、素晴らしい強さですね。心が痛みます。先日引退したばかりのセルゲイ・スタコウスキー(ウクライナ)がウクライナに戻って戦うと言ったことに関してどう思った?

「彼の行動は大いにリスペクトしている。自分の家族、街、国のために戦う真の男だと思う。それと同時にとても悲しいのは、彼のことをよく知っているし、どれほど危険なのかも知っているから。とても心配している。彼が安全であることを祈っている。個人的にもよく知っているし、とても感謝している。今ウクライナに残っている人々は全員がヒーロー。ウクライナは巨大ではないけど、自由な国。すべての人が国のために立ち上がっている。多くの子供、家族が亡くなっている。多くの病院、学校、普通の家にミサイルが撃ち込まれている。妊娠している女性が、地下室で出産している。あり得ないことが起きている」

「ウクライナにとって現在重要なのは航空域が閉じられたこと。上空から攻撃されることがない。命を守るチャンスが大きくなっている。世界中で今一番大事なのは命を守ること。何と言っていいのかわからない。戦争は死。こんなことは世界中の誰にも体験して欲しくない」

そんな状況の中でリヨンでは決勝まで勝ち上がった。

「リヨンに到着したとき、自分の試合のことは一切考えていなかった。大会前に練習もできず、寝ることもできなかった。エネルギーも感情も残っていなかった。でも、コートに立って人々の声援を聞いたことが、勝ち抜くために大きな助けになった。ウクライナの人々も、私の大きなモティベーションになった。決勝までいく力になった」

ATP、WTA、ITFがウクライナのテニス協会、人道支援のために8億円以上の寄付を行った。ツアーでほかの選手からどんな言葉をかけてもらった?

「すべてが始まり、私も状況を投稿してから多くの選手からメッセージが届いた。“必要なことがあったら何でも言ってくれ!”とね。本当にたくさんの選手なので全員の名前を挙げられないほど。大会中も、“どんな気持ちかは理解できないけど、その痛みは一緒に感じている”と言ってくれる。本当に周囲の皆からは大きなサポートを感じられる」

ウクライナにいる人々へどんなメッセージを伝えたい?

「何より伝えたいのは、ウクライナ人は一番強い人たちであるということ。本当に強い魂を持っている。何よりも国に残ることを決断して国のために戦っている。彼らはヒーロー。何と言っていいかわからない。とにかく物凄くリスペクトして感謝している。彼らは生き残って、望んでいるのは私たちの国の平和だけ。とにかく感謝の気持ちを伝えたい」

君の国で起きていることを見ているアメリカの人々には何と伝えたい?

「あまりたくさんのことはないけど、とにかく援助して欲しいと思っている。ウクライナで起きていることを終わらせるために何か手助けしてくれたらうれしい。それが私たちにとってもとても大事なこと、必要としているのは皆さんからのサポート」

インディアンウェルズの会場にはウクライナ国旗も掲げられている。

「サポートの気持ちを凄く感じている。皆がウクライナの側に立っていることを示してくれている。世界中の人からそのような気持ちを見られるのは素晴らしい。ウクライナが今受けている仕打ちよりも、もっといいことをしてもらうだけの価値がある国だと皆が言ってくれる。私もいつもウクライナカラーを身に着けている。私はアメリカ、カリフォルニア、この大会が大好き。今大会1回戦で負けてしまったのが悲しい。あれ以上自分の気持ちを支えきれなかったの。来年、私の国も世界中も平和の中で、ここに戻ってプレーしたいと思う。すべての人からオフコート、オンコートで受けたサポートは一生忘れない。とても感謝している」

 イエストレムスカはシングルスで敗退したが、妹イバンナとのダブルスは日本時間で12日(土)9時頃からスタートする。

続きを読むには、部員登録が必要です。

部員登録(無料/メール登録)すると、部員限定記事が無制限でお読みいただけます。

いますぐ登録

写真◎Getty Images

Pick up

Related

Ranking of articles