ボブ・ブレットからの手紙「DAY FOR THE FUTURE」第27回

アンドレイ・メドベデフ(写真◎Getty Images)


 数多くのトッププレーヤーを育ててきた世界的なテニスコーチであり、日本テニス界においてもその力を惜しみなく注いだボブ・ブレット。2021年1月5日、67歳でこの世を去ったが、今もみなが思い出す、愛され、そして尊敬された存在だ。テニスマガジンでは1995年4月20日号から2010年7月号まで連載「ボブ・ブレットからの手紙」を200回続け、世界の情報を日本に届けてくれた。連載終了後も、「ボブ・ブレットのスーパーレッスン(修造チャレンジ)」を定期的に続け、最後までつながりが途絶えることはなかった。ボブに感謝を込めて、ここに彼の言葉を残そう。(1996年11月5日号掲載記事)


(※当時のまま)
Bob Brett◎1953年11月13日オーストラリア生まれ。オーストラリア期待のプレーヤーとしてプロサーキットを転戦したのち、同国の全盛期を築いたケン・ローズウォール、ロッド・レーバーなどを育てた故ハリー・ホップマンに見出されプロコーチとなる。その後、ナンバーワンプレーヤーの育成に専念するため、88年1月、ボリス・ベッカーと専任契約を締結。ベッカーが世界1位の座を獲得したのち、次の選手を求め発展的に契約を解消した。以後ゴラン・イバニセビッチのコーチを務めたが、95年10月、お互いの人生の岐路と判断し契約を解消。96年からはアンドレイ・メドべデフのコーチとして、ふたたび“世界のテニス”と向き合う。世界のトップコーチの中でもっとも高い評価を受ける彼の指導を求める選手は、あとを絶たない。

構成◎塚越 亘 写真◎BBM、Getty Images

カムバックは決してやさしいものではありません。そのためにはテニス一筋にかける覚悟が必要です。毎日毎日がその目的を達成するための一日でなくてはいけません。day for the future. 将来のための一日でなくてはいけないのです。

 今年のUSオープンでは、ドローの作り方の手順がいつも通りでなかったためにプレーヤーたちが反発、ドローを作り直すというハプニングがありました。

 ドロー作成が正しいやり方ではないと指摘したステファン・エドバーグは、最初、ジム・クーリエと対戦するはずだったのですが、新しく作り直したドローではウインブルドン・チャンピオンのリチャード・クライチェクと対戦するという非常にタフなドローとなってしまいました。しかしそのタフなドローの中、ベスト8まで勝ち上がったことは立派なことだと思います。

 自分だけのためではなく、テニス、そしてテニス界のために、ステファンは率先して協力してきました。偉大なチャンピオンであり、すばらしい紳士であり、ひとりのテニスを愛する人間だった彼が、コートを去るのを見るのは寂しいかぎりです。


 今回は私がコーチをしているアンドレイ・メドベデフの話をしてみたいと思います。

 91年、まだ16歳のとき、アンドレイはワイルドカードでジュネーブの大会に出場、そこで地元のマルク・ロセを破るというセンセーショナルなデビューを果たしました。その後、92年のフレンチ・オープンでベスト16をマーク、93年の同大会ではベスト4と、あっという間にアンドレイはトップ10入りを果たしました。

 プロツアーの世界に入り、すべてが目新しく、面白くもあったと思います。頭も良く、インテリジェントな彼は、テニスを通していろいろな分野を見たり、経験したりすることによって、テニスだけではなくほかのことにも興味を示しました。自分は、テニスだけではなく、ほかのこともできると思ったわけです。

 来る日も来る日もテニス漬けの生活、体が十分にできていないために生じるケガ、コーチとの別れ、とさまざまなことを経験したアンドレイは、一種のバーンアウト状態になっていました。この2年間のうちに彼はコーチを何度も替えました。数えてみると私は5人目のコーチです。

 コーチはそれぞれの哲学を持っています。人生観、テニス観などは皆違います。あるプレーヤーを教えるとき、コーチにはそれぞれのアイディアがあります。それをどのように、またどの点を重視しながらコーチングするかということは、コーチによって違ってくるのです。

 コーチが替わることにより、それぞれの違う意見を聞きながら、彼自身のdirection(方向)を見失ってしまったような状態が続きました。しかし、テニスを見失いながらもランキングはすぐには下がりません。なぜならポイントは1年間有効だからです。やがてトップ10からは滑り落ちてしまいましたが、そもそも力があるために15位前後をうろうろしていました。

 私たちは何度となく話し合いました。今でも話し合いは続いています。カムバックは決してやさしいものではありません。そのためにはテニス一筋にかける覚悟が必要です。毎日毎日がその目的を達成するための一日でなくてはいけません。day for the future(将来のための一日)でなくてはいけないのです。

 テニスのテクニックで言えば、アグレッシブ・テニス、ベースラインからもアグレッシブ、ネットプレーなどもミックスしながらのアグレッシブ・テニスを心掛けるようにしています。彼の持ち味は、そのアグレッシブな点にあったのです。

 今のところランキングには表れていませんが、確かにアンドレイのテニスは少しずつ良くなっています。



 私は今でも修造はトップ30に入る力を持っていると思っています。勝ちを拾い、きっかけをつかみ、自信さえ取り戻せたら、またカムバックできることでしょう。彼がそれだけのテニスをしているのを私は知っています。

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