ピート・サンプラス「史上最強のオールラウンドプレーヤー」

ガシとの名勝負は95年に集中しているが、多くのファンの印象に残っているのは01年と02年のUSオープンではないか。99年にフレンチ・オープンとUSオープンを制して1位に返り咲いたアガシは、00年と01年の全豪オープンを連覇。第2の全盛期を現出していた。

 一方のサンプラスは00年ウインブルドンの優勝を最後に、背部の故障で低迷が続いており、00年USオープンの決勝ではマラト・サフィンに敗退。92年USオープンのエドバーグ戦以降は無敗だったグランドスラムの決勝での連勝記録が途切れていた。

 だが、相手がアガシになると、サンプラスのギアは自動的に上がった。01年USオープン準々決勝で、当時10位までランキングを落としていたサンプラスは、2位のアガシを相手に4セットで勝利した。サンプラスは6度、アガシには3度のブレークポイントがあったが、お互いにまったく譲らず、一度のブレークも許さないままタイブレークですべてのセットが決着した。

「この試合の解説ができて本当にラッキーだった。ここにいられて幸せだ」と言わされることになったのは、かつてサンプラスを「退屈だ」と批判していたマッケンロー。サンプラスは言葉ではなく、そのプレーでかつての批判が間違いだったということを証明したと言っていい。

 02年USオープンは誰もが待ち望んでいた決勝での対戦だった。スコアはまたも4セットでサンプラス。結果として彼の最後の試合であり、最後の優勝となったこの試合でも、お互いの武器が真正面からぶつかり合った激戦となった。サンプラスは正確無比のサービスからのサーブ&ボレーで攻め、アガシはライジングのリターンと鋭いパッシングショットで対抗。

「アンドレがいつでも僕を高めてくれた。僕をいい選手にしてくれたのはアンドレだった」と当時のサンプラスは話している。

 その強さもアガシとの関係によって磨かれたものだったに違いなく、2人の歴史のすべてが凝縮された対決が、この2度のUSオープンでの対戦だった。21世紀のテニス界は2人の名勝負で幕を開け、後の男子のテニス人気復活の起爆剤となったと言えるだろう。

アガシとは名勝負を繰り広げた。対戦成績はサンプラスの20勝14敗

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