広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第14回_第3章スポーツマンシップを語る(2) 川淵三郎「スポーツマンシップとGood Loser」

いい指導者との出会い

広瀬 そういう意味で言うと、若いころ、特に子供のときに、いかにいい指導者と出会うかが重要なファクターですね。

川淵 それはすごく大きいよ。技術的なことに関して、Good Habit, Bad Habitって言うけれど、いい習慣、いいプレーというのは頭で考えてやるものじゃなくて、反射的にやれるように教えていかなければならない。ところが、実際には当たり前のことをきっちりやれないことのほうが多い。そういうことを、小さいときに正しく教えられているかどうかが、先に進んだ段階でかなり違ってくる。

当たり前のことができるように

川淵 今の日本のサッカーは技術的なレベルがかなり上がったとはいえ、ファーストタッチでボールをきちっとコントロールすることなど、外国に比べればまだまだです。トラップしたときにボールが浮いてしまって、それが悪いと思わない。悪いと思ってないから、普段からそういうことをしても失敗したと思わない。そのへんの差というのは、ワールドカップを見ているとよくわかるでしょ。ミスパスにしてみても、外国のチームではちょっとないようなミスを平気でやるでしょう。そういうものは、普段からのGood Habitということの教えられ方がなってない。基本的な部分について、意識しないでもそういうことができるような教えを受けていない。

 たとえば、小野選手(オランダ、フエイ工ノールト)のような、軽業師的なプレーなんて外国人でもびっくりしている。

広瀬 練習の時にも外国人選手がじっと見てますものね。

川淵 でもそういうことが得意だからといってすべてのプレーが良くなるわけではなくて、実際のゲームでは、ボールを一発でコン卜ロールできるかとか正確なパスを出せるかというのが、ベースとしてもっと重要になる。そういうベーシックな部分での正確な技術が日本にはまだまだ足りない。

 そのことが、「スポーツに取り組む姿勢」にも言える。日本の指導者は、どういうことを子供たちに教えれば、その子が人間として立派に育っていくためのベースになるか、その位置づけを知るべきだよね。そこはまったく足りていない気がする。

 スポーツをすることで、人とつき合うあらゆる要素がそこで培われる。もちろん精神的なものだけではない。しかし最近の子供たちはあまり外に出て遊ばなくなった。その結果、特に肉体的に、子供のうちに鍛えられるべき部分が、最近は鍛えられていないわけです。

 ―つ例をあげると、これはNHKで見たんだけど、筑波大学附属駒場中学校の生徒の何人かは「気をつけ」の姿勢ができない。要するにバランスがとれない。肩甲骨に段差がついている。何でそうなるのかというと、大脳の前頭葉にはバランスをつかさどるところがあるらしいんだけど、それは、小さいときに取っ組み合いや木登り、相撲などをすることで発達する。大脳は、小さいときに活性化しないと、発育がとまるんですよ。この子供たちが、小さいときにほとんど体を動かしたことがない。だから今こうなっているんだって放送されているのを見て、ショックでしたね。

 30年前から幼稚園児の足型を取っているところの調査によると、昔は10本の指で立っていたのが、ここ4、5年の子供たちは、6本で立っている子が6割くらいを占めるという。信じられないでしょう? 要するに体の重心がちゃんとしていないんですよ。走り回ったり取っ組み合ったりしなくなって、筋肉が十分発達しないから、体重が前にかからない。これ以上ひどくなると、ちゃんと歩いたり、走ったりできないところまできているらしい。また、子供に万歩計をつけて、20年前から調べている幼稚園もある。20年前は1日1万6000歩歩いていたのが、今は1日1万1000歩しか歩かない。3割減っているわけだ。みんなエアコンの効いた部屋でテレビゲームをしている。わずらわしい人間関係から離れて、ゲームをしているほうが楽しいからね。そのことと今の話はリンクしているんだ。

 そういう子供たちが表に出て遊ぶようにするにはどうするか? 昔は土のグラウンドでも、三角ベースやかけっこをやったわけで、大脳の発育バランスもとれていた。今は、仮に広場があっても、汚れるのが嫌だし、そもそもあまり表に出たがらない。子供たちが、表に行って遊ぶ気になるのはどこか。芝生のグラウンドがあれば、運動が嫌いな子だって、裸足で跳び回るんだよ。実際にいろんな現場を見て、それがよくわかった。

 2002年3月に、杉並区の和泉小学校に東京都で初めて芝生のグラウンドができた。そこの先生が、「芝生の一本一本に命があることを知りました」、「私たちは毎日芝生に声をかけて、毎日歌を歌って聞かせました」という芝生の育成日記を送ってきて、是非見に来てくださいって言ってくれた。それで訪問してみたら、びっくりするような見事な芝生でね。朝礼をするときもその上に座るんです。授業が終わって休み時間になると皆、芝生に出てくるんだよ。それまではそんなに外に出てこなかったんだって。芝生に入る前に靴を脱いで上がる子もいて、かわいいんだよ。

広瀬 裸足で、足の裏で感じたいんですね。

川淵 そうそう。それともう一つ。普段は車椅子を使っていて、歩くときは歩行器を使わないと歩けない子が、芝生のグラウンドができて初めて歩くようになったんだって聞いて感動した。

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