ジョン・マッケンロー「天才という名の悪童」
81年ウインブルドン優勝後の事件
紳士のスポーツとしての伝統を持つのがテニス。彼のような奔放な態度は当時のテニス界の人々には必ずしも受け入れられず、81年のウインブルドンで初優勝したあとには、優勝者は名誉会員として推薦されるという特例がマッケンローには適用されないという「事件」まで起きた。文字通りのテニス界の「ヒール」だったのだ。
だが、彼はただ態度が悪いだけの「ヒール」ではなかった。憎たらしいまでに強く、そして誰にも真似できない天才的な技術を持ち、権威など歯牙にもかけない「抜群にカッコいいヒール」だったからだ。行儀のよさだけが取り柄だった古き良きテニス界に自由な風を吹き込んだその姿勢は、当時の大人たちには不評でも、若者たちには猛烈に支持された。勝とうが負けようが、良くも悪くも翌日の街の話題をさらってしまうような熱狂を、テニスにもたらしたスーパースター。それがマッケンローだった。
もっとも、当初は感情の赴くままにやっていたことが、世間で受け入れられただけ、ということだったのかもしれないし、彼に聞いても本音が明かされるとは思えないが、ある時期からかなり意識的なものに変わった気配がある。
「テニス人気を盛り上げるためなら何でもする」というぐらいテニスへの強い愛情を持つのがマッケンローのもうひとつの顔。グランドスラムではほぼ常に単複に出場し続けたのは、テニス選手は単複でプレーして観客にアピールするものという彼の信念からのものであり(シングルスでツアー通算77勝、ダブルスでも71勝を記録)、デ杯には人一倍熱心で、選手としてはもちろん、アメリカの監督を務めた時期にはアンドレ・アガシやサンプラスにその情熱をかき口説き続けた。解説者としてはやや大げさにその時期の活躍選手を賞賛したり、時には盛大にこき下ろしたりもするが、USオープンでノバク・ジョコビッチが自分の物真似を始めたときには、Yシャツ姿のまま解説者席からコートに駆けつけて即興のエキシビションマッチに応じたことすらある。
すべては「テニスを盛り上げるため」というのが彼の基本姿勢。初期の「ヒール」っぷりも、アメリカのプロスポーツ的なエンターテインメント性をテニスにももたらすためのことで、すべて計算ずくだったのではないか、とさえ今になれば思えるほどだ。
レジェンド・コーチたちの話題が出たときに、「どうして誰も俺には声を掛けてこないんだ」と自分をネタにできるのも、自分のポジションを理解していればこそだろう。彼のいるところには必ず観客たちの歓声と笑顔がある。今日、テニスが世界的なメジャースポーツのひとつになれた最大の貢献者をひとりだけ選ぶとしたら、それはマッケンローをおいて他にいないのではないだろうか。
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