広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第14回_第3章スポーツマンシップを語る(2) 川淵三郎「スポーツマンシップとGood Loser」
あなたはスポーツマンシップの意味を答えられますか? 誰もが知っているようで知らないスポーツの本質を物語る言葉「スポーツマンシップ」。このキーワードを広瀬一郎氏は著書『スポーツマンシップを考える』の中で解明しています。スポーツにおける「真剣さ」と「遊び心」の調和の大切さを世に問う指導者必読書。これは私たちテニスマガジン、そしてテニマガ・テニス部がもっとも大切にしているものでもあります。テニスを愛するすべての人々、プレーするすべての人々へ届けたいーー。本書はA5判全184ページです。複数回に分け、すべてを掲載いたします。(ベースボール・マガジン社 テニスマガジン編集部)
スポーツマンシップとGood Loser
川淵三郎 (日本サッカー協会会長/当時)
早稲田大学在学中から日本代表選手として活躍。ロ一マ・オリンピック予選、ワールドカップ・チリ大会予選、東京オリンピックなどに出場した。1980年には日本代表監督を務め、1988年Jリーグの前身である日本サッカーリーグ総務主事、(財)巳本サッカー協会理事に就任。1991年より(社)日本プロサッカーリーグ理事長(チェアマン)、これと 並行して1994年から財団法人日本サッカー協会副会長を務め、2002年7月同協会会長に就任した。
※このインタピューは、川淵氏がJリーグチェアマンであった当時の2002年7月9日に収録されました。聞き手/広瀬一郎
Good Loserについて教えてくれた人
広瀬 今回、なぜ川淵さんにGood Loserについてインタビューをさせていただこうと思ったかと言うと、2年前、僕がJリーグの経営諮問委員会委員を拝命したころ、スポーツマンシップという言葉を調べていて見つけた文献のコピーを、川淵さんにおみやげとしてお渡ししたんです。
僕としては望外の喜びだったんですが、川淵さんから「よく持ってきてくれた。Good Loserという言葉をどう説明したらいいかわからなかったのだけど、この中にまさにその言葉があったので助かった」という言業をいただいた。それが鮮烈なイメージとして残っていて、Good Loserを語るにはこの人をおいて他にはいないと思いました。
そのころから一度機会があればお聞きしたいと思っていたんですが、川淵さんはいつどんな時にGood Loserという言葉と出会ったのでしょうか。
川淵 正直なところ、選手時代に自分がGood Loserであるかどうか真剣に考えたことはありませんでした。後になって振り返ると、そういうことを教えてくれたのがクラマーさんだったなあ。
(注:デトマール・クラマー。昭和35年、日本蹴球協会の招きで来日し、東京オリンピック代表の長期指導にあたり、アルゼンチンに逆転勝ちするという成果をあげたドイツ人コーチ)
本当の友達――東京オリンピックのロッカールームで
川淵 東京オリンピックで優勝候補のアルゼンチンを破って、大変な大騒ぎになったとき、新聞記者や協会関係者でごった返した駒沢競技場のロッカールームのドアをクラマーが閉めました。彼は、選手に対して話をするときはいつも、最初に“ジェントルマン”と呼びかけます。それによって、選手に対する尊敬の念を表していたんですね。そのとき彼が話したのは、「ジェントルマン、今日は本当によくやった。これから君たちが今まで会ったことのない新しい友達がいっぱい来るだろう。しかし、今一番友達がほしいのは、負けたアルゼンチンのチームなんだ。私はこれからアルゼンチンのロッカーに行くが、君たちはここで、友達としての喜びを分かち合いたまえ」と出て行った。この時は、「何言ってるんだかよくわからないけど、そんなものなのかな」程度で、その意味をあまり深く考えずに、込み合ったロッカールームで喜び合っていたんです。
その後ベスト8に残ってチェコと対戦したんだけど、4-0で完敗。ロッカールームに続く通路、スパイクの刃がコンクリートにコチコチとあたる音が聞こえるほど寂しい感じで歩いていった。そのときのロッカールームでは、クラマーが、「ジェントルマン、今日まで君たちがどれだけ努力したかは私が一番よく知っている。その努力に対して本当に感謝したい。今日はサッカーのことはすべて忘れて、今から来る本当の友達と今までやってきたことを語り合いたまえ。今日来る友達こそが、数は少ないけれど、君たちの本当の友達だ」と言った。アルゼンチンに勝ったときとは、好対照だったね。それを聞いて初めて、あのとき言ったことの意味が、「あっそうか」ってわかった気がした。
“友達”という言葉にはいろんな意味が含まれているけれど、そのときは協会やチームの関係者しかやってこなかった。新聞記者なんかはもちろん来ない。そんなことがあったから、僕はJリーグがスタートしてブームになったときに、それまで知らなかった人が僕のまわりにいっばい来たけれど、チェコに負けたときと同じような状況になることはあり得るからいい気になってはいけない、という教訓が常に頭の中にあった。
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