松岡修造_サービス講座「僕はこうして“サービス”を武器にした」

EPISODE1 ジュニア期

厚いグリップで「入れる」サービス

 テニスを始めた小2の頃のサービスは、グリップも厚く、遊びでやる卓球みたいに「入れる」だけでした。当時は背も低かったですし、「主導権を取る」といった感覚がなく、サービスの重要性もまだ知りませんでした。周りに「すごいサービス」を打つ人もいなかったので、特にサービスに注目するようなこともなかったんです。

 サービスを意識するようになったのは、ビヨン・ボルグ(スウェーデン)やジミー・コナーズ(アメリカ)が来日し、グランドスラムをテレビで見るようになった頃。「サービスがいい」ということが一つの憧れになっていきました。この辺りから、僕のサービスは進化していったと思います。

薄いグリップに変えてキックサービス

 試合に出るようになって勝ち始めたのが小5のとき。本格的にやるようになり、コーチに「薄いグリップにしなさい」と言われました。そう言ってくれたのは鵜原謙造さん(全日本選手権全種目で10回の優勝は男子最多。鵜原テニス研究所を日本最初のテニススクールとして開校した)で、この出会いは大きかったと思います。

 厚いグリップを薄いグリップに変えるときは、グリップ部分だけカットした、短いグリップを持ち歩いて常に握っているようにしたり、グリップテープに薄いグリップの形をマジックで書いて、そこに手を合わせてからサービスを打つようにしたりしていました。子供に限らず、誰でも最初にサービスを打つときは、厚いグリップの方がなじみやすいものです。でも、将来の上達を考えたらやはり、薄いグリップに変える必要があると思います。

 その後、中1で全日本タイトル(14歳以下)を獲りましたが、僕のサービスは出場選手の中でもっとも遅かったのではないでしょうか。僕は水泳をやっていたので背筋が強く、野球もリトルリーグこそ入っていませんでしたが、学校で一番だったので肩が強く、そこで打ったサービスが“キックサービス”です。

 頭の後ろにトスを上げて、大きくそってスピンをかけたこのサービスは、スピードこそありませんでしたが、よく跳ねるため相手が嫌がり、攻められない様子に、僕は満足感がありました。しかも、ダブルフォールトしないからキープ率がよかったのです。周りはこの僕のサービスを“スイミングサーブ”と呼んでいました。

セカンドサービスをファーストで使っていた

 テニスは基本的に相手が打ってくるものを打ち返すスポーツですが、その中で唯一、サービスだけが、自分が操れるもので、何を、どこへ、どのように打つか決められるショットです。僕は相手の嫌なことを見つけるのが得意で、サービスはそこをついていけるショットという考えがありました。

 だから僕はいつもセカンドサービスを打っていました。エースを取ろうとか、そういうことはまったく思わなかったです。セカンドサービスをファーストサービスで使っていました。

84年インターハイ。頭の後ろにトスを上げて、大きくそってスピンをかけたキックサービス

高1でサービスへの意欲が芽生えた

 僕のサービスがよくなり始めたのは高1の終わりくらいからです。それまではダブルフォールトこそありませんでしたが、エースを取ったこともなく、どちらかというと、苦労してポイントを取っていました。

 だんだん苦労せずにポイントが取りたくなって、もっと攻撃的なサービスが打ちたいと思うようになり、身長が伸びてきたことも影響していますが、サービスをもっとよくしようと思うようになりました。スピードを上げるためには…とまず考え、一番力が入る打点で打たなければ、と。そのためにトスを前に上げるようになり、大きく方向転換し始めました。

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