ボブ・ブレットからの手紙「1996年ウインブルドンを終えて思うこと」第25回

ウインブルドン・センターコート(写真◎Getty Images)


 数多くのトッププレーヤーを育ててきた世界的なテニスコーチであり、日本テニス界においてもその力を惜しみなく注いだボブ・ブレット。2021年1月5日、67歳でこの世を去ったが、今もみなが思い出す、愛され、そして尊敬された存在だ。テニスマガジンでは1995年4月20日号から2010年7月号まで連載「ボブ・ブレットからの手紙」を200回続け、世界の情報を日本に届けてくれた。連載終了後も、「ボブ・ブレットのスーパーレッスン(修造チャレンジ)」を定期的に続け、最後までつながりが途絶えることはなかった。ボブに感謝を込めて、ここに彼の言葉を残そう。(1996年9月5日号掲載記事)


(※当時のまま)
Bob Brett◎1953年11月13日オーストラリア生まれ。オーストラリア期待のプレーヤーとしてプロサーキットを転戦したのち、同国の全盛期を築いたケン・ローズウォール、ロッド・レーバーなどを育てた故ハリー・ホップマンに見出されプロコーチとなる。その後、ナンバーワンプレーヤーの育成に専念するため、88年1月、ボリス・ベッカーと専任契約を締結。ベッカーが世界1位の座を獲得したのち、次の選手を求め発展的に契約を解消した。以後ゴラン・イバニセビッチのコーチを務めたが、95年10月、お互いの人生の岐路と判断し契約を解消。96年からはアンドレイ・メドべデフのコーチとして、ふたたび“世界のテニス”と向き合う。世界のトップコーチの中でもっとも高い評価を受ける彼の指導を求める選手は、あとを絶たない。

構成◎塚越 亘 写真◎BBM、Getty Images

共通のルール、共通の条件下で行なうのがテニスのゲーム。結果的に今回のシード付けはミステイクだったし、ボールをソフトにしてスピードを抑えるといった行為は、勝負の原則からかけ離れています。

 今年のウインブルドンの男子は、決勝でリチャード・クライチェクがアメリカのマラビーヤ・ワシントンを破って優勝しました。ワシントンは75年のアーサー・アッシュ以来の黒人プレーヤーのウインブルドン決勝進出、加えてクライチェク、ワシントンともにノーシード同士と、データ上ではいろいろと話題が豊富だった今回の決勝でした。

 現在のツアーでは、ウインブルドンだけがATPランキングに従わず、独自の考えでシード順位が決められていきます。結論から言えば、今回のシード順位はミステイクだったと思います。明らかに力の落ちているステファン・エドバーグにシードを与え、非常にデンジャラスなリチャード(クライチェク)にシードを与えませんでした。ドローができる時点での彼のランキングは13位だったにもかかわらず、過去のウインブルドンの成績が良くなかったためにシードから外したのです。このことは、結果から見れば正しい判断だったとは言い難いと思います。

 優勝したリチャードや準優勝のマラビーヤ(ワシントン)の快挙にケチをつけるつもりはありません。彼らの成し得たことは、テニスプレーヤーとしてベストを尽くした結果だったと思います。

 ひとつの共通のルール、そして、すべてのプレーヤーに同じ条件でプレーさせるのがテニス。同じ条件下でプレーヤーたちは世界のツアーを回っているわけですが、それがある特定のプレーヤーがずば抜けた成績を挙げるからといってその条件を変えていくのは、勝負やゲームの原則からかけ離れているのではないかと思います。その観点から見ると、ボールを柔らかくしてスピードを抑えるという行為は、突然ネットの高さやコートの広さを変えるのと同じことではないでしょうか。

 ゴラン(イバニセビッチ)やピート(サンプラス)のような弾丸サーブだけではゲームが面白くないという判断から、突然、ボールをソフトにしてそのスピードを殺す。それにより、ラリーが続いてゲームが面白くなると考えたのでしょう。しかし、それはアベレージプレーヤーにとっては有利になることですが、いろいろな意味での世界ナンバーワンを決めるということにはならないと思います。ビッグサーバーが絶対有利と考えられていたウインブルドンですが、92年の決勝でビッグサーバーのゴランを破ったのは、サーブを武器とするプレーヤーではなく、リターンを武器とするアンドレ(アガシ)だったということを忘れてはならないと思います。

雨に泣いた今年のウインブルドン。センターコートを開閉式のドームにするという議論はこれまでもなされてきましたが、私は賛成できません。

 雨に泣いた今年のウインブルドン。度重なる中断はゲームの流れを変えてしまうし、観客にとっても、いいところでたびたびコマーシャルが入ってしまうテレビ番組のように興味がそがれてしまうものです。

 そのため、ウインブルドンもオーストラリアン・オープンが行なわれるメルボルンのナショナルテニスセンターのように、開閉式のドームにするという議論がこれまでもなされてきました。雨の多かった年のウインブルドンでは必ず起きる問題です。これらのことは時代とともに少しずつ変わっていくことかもしれません。

 しかし、テニスはアウトドアの自然の条件下で行なうのが本当です。インドア大会として最初からすべてのプレーヤーがインドアの状態でゲームをやるのならいいのですが、雨が降ったらインドアで、晴れたらアウトドアでと、どっちつかずの状態でゲームをやることは、私はまだ賛成できません。今年のオーストラリアン・オープンではボリス(ベッカー)が優勝し、ましたが、そのときの彼の大事な3つのゲームは、天候の事情により屋根を閉じたインドアで行なわれました。

 イギリスという国は、そう簡単に昔からの伝統を変えるような国ではないので、近い将来、ウインブルドンのセンターコートに屋根をつけるといったことはないと思いますが、私は今まで通り、ウインブルドンはアウトドアの大会として残ってほしいと思っています。

 今年もいろいろな話題を提供してくれたウインブルドンでした。

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