ボブ・ブレットからの手紙「オリンピック・テニスの意義」第26回
数多くのトッププレーヤーを育ててきた世界的なテニスコーチであり、日本テニス界においてもその力を惜しみなく注いだボブ・ブレット。2021年1月5日、67歳でこの世を去ったが、今もみなが思い出す、愛され、そして尊敬された存在だ。テニスマガジンでは1995年4月20日号から2010年7月号まで連載「ボブ・ブレットからの手紙」を200回続け、世界の情報を日本に届けてくれた。連載終了後も、「ボブ・ブレットのスーパーレッスン(修造チャレンジ)」を定期的に続け、最後までつながりが途絶えることはなかった。ボブに感謝を込めて、ここに彼の言葉を残そう。(1996年9月20日号掲載記事)
(※当時のまま)
Bob Brett◎1953年11月13日オーストラリア生まれ。オーストラリア期待のプレーヤーとしてプロサーキットを転戦したのち、同国の全盛期を築いたケン・ローズウォール、ロッド・レーバーなどを育てた故ハリー・ホップマンに見出されプロコーチとなる。その後、ナンバーワンプレーヤーの育成に専念するため、88年1月、ボリス・ベッカーと専任契約を締結。ベッカーが世界1位の座を獲得したのち、次の選手を求め発展的に契約を解消した。以後ゴラン・イバニセビッチのコーチを務めたが、95年10月、お互いの人生の岐路と判断し契約を解消。96年からはアンドレイ・メドべデフのコーチとして、ふたたび“世界のテニス”と向き合う。世界のトップコーチの中でもっとも高い評価を受ける彼の指導を求める選手は、あとを絶たない。
構成◎塚越 亘 写真◎BBM、Getty Images
今回のアトランタ・オリンピックでは、テニスにおけるベストアスリートを決めるに恥ずかしくないプレーヤーが優勝しました。
世界のテニスシーンも早いものですでに後半戦に入りました。この号が出る頃は、今年最後のグランドスラム大会であるUSオープンが間近になっていることでしょう。
今年はオリンピック・イヤーだったために、非常にスケジュールがタイトな1年になりました。アトランタ・オリンピックのゴールドメダリスト、アンドレ(アガシ)は、勝利の余韻に浸る間もなく、すぐ次の週にはオハイオ州シンシナティでのATPチャンピオンシップス出場のため、飛び立ちました(第1シードのアンドレは1回戦はバイですが、2回戦でが修造とスウェーデンのマグナス・ラーソンの勝者と対戦します)。
今回のアトランタ・オリンピックでは、テニスにおけるベストアスリートを決めるに恥ずかしくないプレーヤーが優勝しました。アンドレのゴールドメダルは、オリンピックにとっても、オリンピック・テニスにとっても、良いことだったというのが私の感想です。
84年のロサンゼルス・オリンピックではデモンストレーション・プログラムでしたが、ステファン(エドバーグ)が6-1 7-6でメキシコのメイシェルを破り、正式種目となった88年ソウルでは、チェコのメチールがアメリのメイヨットを3-6 6-2 6-4 6-2、92年バルセロナではスイスのロセがスペインのアレーセを7-6 6-4 3-6 4-6 8-6で下し、それぞれゴールドメダリストとなっています。84年のステファンはまだ18歳、プロになりたてでグランドスラム大会も出たての頃でし(ステファンは83年にプロに転向、84年の最終ランキングは20位)。
今年はサンプラスも出場を予定していましたが、ケガの回復が間に合わずにプルアウトすることとなってしまいました。でも、なかなかの層の厚さだったと思います。また、ゴールドメダルを獲りたいと、自分のためだけではなく、国を背負っての意識のもとに戦い抜いたアンドレのファイトには敬意を表します。
オリンピックに参加するということは、テニスコートの上からだけでは学べない、いろいろなことが体得できるチャンスであり、テニスの原点などを他の競技から学ぶ良い機会だとも思うのです。
かねてから私は、果たしてテニスはオリンピック種目として適切なのだろうかと考えてきました。そしてそれは現在でも同じ気持ちです。
今日の男子プロテニスサーキットでは、毎週のように世界のどこかでトーナメントが行なわれています。それもひとつの週に2つも3つも行なわれているときもあり、プレーヤーにとっては体がいくつあっても足りないような状況です。実際、オリンピックが行なわれたその2週間には、ヨーロッパではキッツビューエル、アメリカではロサンゼルスでトーナメントが行なわれていました。両トーナメントとも古くからある歴史のある大会です。彼らに取っては、突然スケジュールに入り込んできたオリンピックというビッグイベントは、本当に迷惑に感じるものだと思います。星条旗のもとプレーするデ杯などに積極的だったジョン・マッケンローは、オリンピックには出場せずに毎年行なわれるATPツアーに出場していたという例もあります。
現在のテニスツアーの中では、オリンピック・テニスを成功させるためには何かが犠牲にならなくてはいけません。このようなことは健全ではないと思います。ITF、ATP、そしてトーナメントをオーガナイズする人間が、長い目でテニスを見て速く正しい道を見つけてほしいものです。というのも、ツアーも大jぢえ洲が、オリンピックに参加することもとても意味のあることだと思うからです。
世界のベストアスリートたちが最高の技を競うオリンピック。種目の中には勝ってもほとんど賞金のないものもあるにもかかわらず、彼らはより高い質や限界を求めてチャレンジしています。今や高額賞金が当然となっているプロテニスですが、誰もがかつては同じようにより強いものを求め、より質の高いテニスを求めて世界を回っていたはずです。
そのような意味からオリンピックに参加することは、テニスコートの上からだけでは学べない、いろいろなことが体得できるチャンスなのです。また、テニスの原点などを他の競技から学ぶ、良い機会だとも思うのです。
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