イワン・レンドル「妥協なき王者」
オーストラリアン・オープンで2度、フレンチとUSオープンでは3度ずつ優勝したが、サーブ&ボレーヤーたちの独壇場だったウインブルドンだけはどうしても勝てず、2度の準優勝があるだけ。レンドルは自宅に芝のコートを作って練習を重ねたが、ベースラインからのプレーでは相手を押し切れず、また、本来の彼のプレーではないサーブ&ボレーでは勝ち切れなかった。
「ほかのすべてのタイトルと交換してでも、ウインブルドンで勝ちたい」とコメントしたこともあったレンドル。彼が、ようやくその念願を叶えることができたのは引退から約20 年マレーのコーチとして迎えた2013年大会のことだった。
マレーは4度グランドスラムの決勝に進出しながらタイトルが奪えず、イギリスのメディアから厳しいプレッシャーをかけられていたが、そんな彼が頼ったのが、マレーと同じように強力なライバルたちが同時代に存在し、初優勝までに5度決勝で敗れていたレンドルだったというのは偶然ではないだろう。彼と袂を分かった後のマレーがしばしスランプに陥ったのも、精神的な支えを失ったからで、マレーにとってそれだけレンドルという存在が大きかった証拠でもある。
レンドルの持っていた世界ナンバーワンの在位記録270週間は、サンプラスに抜かれるまではテニス界のアンタッチャブルな記録のひとつと考えられていたが、今ではそれもロジャー・フェデラーに塗り替えられている。
しかし、8年連続でのUSオープン決勝進出や、グランドスラムの決勝進出を11年連続で果たすなどの記録(サンプラスとタイ記録)は、彼が常に安定した強さを誇っていたからであり、鍛え上げたフィジカルがあってこその記録でもある。
見方を変えれば、彼の記録が破られるようになったのも、彼がテニス選手のフィジカルのスタンダードを引き上げ、彼以降の選手たちの多くが、それ以前とは違う肉体でプレーをし始めたから、と言えなくもないだろう。
レンドルのテニスは武骨だったが、強靭だった。直接の指導を受けたマレーはもちろん、ラファエル・ナダルやノバク・ジョコビッチのテニスにもレンドルが残したと見られる要素が少なくない。彼もまた、まぎれもなく後の時代に自分の痕跡を刻み込んだスーパースターだった。
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