世界一を育てたコーチに学ぶ「トニー・ナダル」(1)ラファを指導した経験談とそこで学んだこと

大事なのは、正面から『現実』と向き合うこと

 私はいつも、非常にシンプルなコンセプトからスタートしてきた。テニス選手をコーチするということが、難しく複雑な仕事だと私は思っていない。この私がやってのけたのだから、難しいはずがない(笑)。

 複雑な戦術や方法論を説き続ける人に耳を傾け続けていると、選手は疲れてしまう。私は、テニスは基本的に相手がいない場所に、ボールをできるだけ強く打つものだと考えている(言うまでもなく、場合によっては、相手の体の正面に打ったほうがいいときもあるけれど)。

 また、私はいつもラファに、常に現実と直面することが大事だと言ってきた。私は選手を“お前はすごい”とか“お前は特別な才能の持ち主だ〟などと誉めそやすタイプのコーチではない。私は普通の人間をコーチしているのであり、ただ、今やっていること、やろうとしていることを説明する。そして何より、現実が何であるかを率直に言う。それは練習でも、試合においてでも同じだ。

 2006年のモンテカルロ・オープン決勝で、ラファがフェデラーと決勝を戦うことになったときのことをよく憶えている。

 ラファはよく試合の前に、「今日はどうみる、何が起きると思うか」と聞いてくるが、このときフェデラーについて聞いてきたので、私は、「フェデラーはお前よりよいファオアハンドとバックハンドストロークを打つ」と答えた。それから「ボレーもお前より上だな」「言うまでもなくサーブはかなりはっきりフェデラーの方が上だ」と続けて答えていたら、ラファは「待って、ストップ、もう言わなくていい」と私を制し、「もう十分だ。とにかく意欲と根性を持って、自分のベストを尽くし、自分を信じてこの決勝を戦うよ」と言ったんだ。

 だから私は、「嘘を言うこともできるが、でもフェデラーのプレーは嘘をつかない。彼はコートで現実を見せるだろう。フェデラーのショットのほうがお前のそれより上だというのは事実だ。でもお前がフェデラーに勝つことは可能だと思うし、勝つために何をすべきかを話し合おう」と言ったのさ。

 ジョコビッチに対する場合もそれは同じだ。ラファのサーブがジョコビッチに対して効果的ではなかったので、昨年のマスターズの前には、ジョコビッチと張り合い続けるためには、集中的にサーブを向上させなければいけない、と私は言った。まずは、現実を見つめ、それから何ができるかを、どこをつけるかを考えて対策を練るのだ。

 事実を言うということは比較的簡単だ。よくないのに褒めたり、はぐらかしたり、事実とは違うことを言って映画みたいに話をつくり上げるほうがずっと複雑なことなのだよ。

写真◎小山真司

「一見簡単に見える努力を、毎日たゆみなく積んでいくこと」ーーそれが、ラファをコーチするにあたり、ずっとやってきたことだった。

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