世界一を育てたコーチに学ぶ「トニー・ナダル」(1)ラファを指導した経験談とそこで学んだこと


真実を直視するのは、解決策を見つけるためだ

 とはいえ、我々(コーチ)が持つ問題は頻繁に、プロの場合、コーチが選手に雇用される身であることからくる。我々の選手たちは、やっている仕事の主役であり主人だ。人に不愉快な真実を言うのは常に難しいものだから、言う相手が雇用者である選手の場合、いっそう不快な事実を仕事の主人に言うことへの恐れが存在する。しかし、真実を言うのは、常にそこにある『本当の問題』に取り組むためなのだ。問題をまっすぐ見つめ、見極めて、それを解決するという仕事に取りかかるためなのだよ。

 確かに、この主役である選手とコーチの関係は常にデリケートだ。不愉快な真実をつきつけられたら、雇用者である選手が気分を害するかもしれないという恐れがあるがために、問題の原因を実は関係のない別のところから探してこようとする、というような事態が起きる。

 ツアーを回り始めたとき、またその後も何年かは、我々のチームは私とラファだけで、他の人はいなかった。当時の我々は、コート内外で出合う直接的問題に、直接的に取り組めばよく、ことはシンプルだったよ。しかし後にラファのキャリアが発展し、非常によい選手とみなされ始めると、フィジオセラピスト、医師、トレーナーなどがやってきてチームも拡大し、そこにマネージャー、プレス、スポンサーなども加わって、その各々が自分の意見を言うがために、混乱が起きた。本当の問題の原因から離れてしまう、ということが起こり始めたのだ。

 これから話すことは、2004年にリヨンで起きたことだ。

 我々はナイキとの大きな契約を初めて更新しようというところだったが、そのリヨンの大会に、ナイキのワールドワイド部門のディレクターが、ラファがいい選手かどうかを見にやってきたのだ。彼はまだラファのことをよく知らなかったが、我々は会い、それから一緒に食事に行って、ラファはそのディレクターの前で2枚のピザを平らげた。それから翌日に何をするかについておしゃべりを始め、試合は火曜日でまだ2日あったので、ラファは練習のあとにゴルフをしにいくつもりだと話した。

 そして火曜日にラファは、ジュリアン・ベネトーに3-6 0-6で負けたんだ。ディレクターは試合後にラファのマネージャーに電話をし、「ラファはプロとしてよい姿勢を持っていない。ピザを2枚も食べて食事に気を配っていない様子だし、大会前にゴルフをして遊んでいる」と苦情を申し立ててきた。

 心配したマネージャーが電話してきて、何が起きたと聞いてきたので、ラファは「何も変わったことはしていないよ。いつも空き時間にゴルフをしているし、いつもどおりのことをしただけだ。ただ今回は負けてしまったというだけで」と答えた。私は、「我々はいつもどおり普通に過ごしただけだが、人は違った意見を持っている。苦情がきて疑念をもたれるというなら、もちろんいくつかの生活習慣を変えることはできるが」と答えたのだけれどね。

 1ヵ月後、我々はマドリードの大会に行き、ラファはひどくまずいプレーをして、アレックス・コレチャに敗れた。そしてそのときには協会の医師が、彼の父、代理人、フィジオ、トレーナー、私など、すべてのスタッフの前で、問題は、ラファがコートの外でエネルギーを消耗していることだと言った。ピンポンとビリヤードをやっていたので、それが問題だと医者が指摘したのだよ。

 その1ヵ月後、ラファは当時世界2位だったアンディ・ロディックを破り、デビスカップで優勝した。そしてこの試合からしばらくして、ラファは世界2位に至った。そしてそれ以来、ラファは変わらずピザを2枚食べ、ゴルフをしていたというのに、ピザもゴルフもすべてよしということになったのさ。ゴルフは、実際テニスで感じる緊張感とストレスを和らげてくれるものでもあり、ビリヤードをプレーしたからといってエネルギーを消耗したりはしない。

 これらの混乱はすべて、現実と向き合わなかったということから起きたのだ。ある選手の調子がよくないとき、多くの人は言い訳を探し、周辺の関係ないことから解決策をひねりだそうする。しかし現実は、よりシンプルだ。問題は単に、ベストの力を出せなかったということなのだよ。

写真◎毛受亮介

私はどんな可能性も否定したくない。全力を尽くした上でできなかったら、それはそれでいい。けっかがなんであれ、「夢のために戦う」ということが大切なのだ。

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