世界一を育てたコーチに学ぶ「トニー・ナダル」(1)ラファを指導した経験談とそこで学んだこと


コーチの役目とは何なのか

 最近は違うが、ラファは基本的に子供のときから常に同じ練習法を続けてきた。言いたいのは、テニスはそう難しいものではないということ。概念はシンプルであり、それは毎日の努力の積み重ねだ。コーチとして選手と一緒に働く上でもっとも重要なのは、そのことを伝え、わからせることであり、そういう意味で、コーチも違いを生み出すことになる。

 ただ私は、導き手(ガイド)という言葉は使いたくない。というのもラファは小さいときからほぼ自主的にしっかり練習する子だった。子供の頃から精神面、性格面で、正しく形成され、苦境で頑張る根性、意欲を持っていた。だからこそ、彼は毎日しっかり練習を積み、大人になってから湧いてくる問題にうまく対処することができたのだよ。精神面、性格面で適切な人間形成ができていれば、プロになってからの仕事がずっと楽になるのだ。

 我々の仕事、テニス界において、コーチはより重みを持たなければならないし、選手からより敬意を受けられるよう努力しなければいけない。私は、自分の甥ではあるが、ラファという、人間としてコート内外で正しい姿勢を持った選手を指導する幸運を授かった。しかし頻繁に、コーチが選手のラケットバッグを運ぶなど、荷物持ちの仕事までしているのを目にするが、これはコーチの仕事内容に相当しない。

 私がある選手と働いていたなら、選手は決して私にそのようなことを頼んだりはしないだろう。モンテカルロ・オープンで、ストリングを替えてもらうためにラファのラケットをストリンガーに届けにいったことはあるし、状況的に必要な場合にはときどきそういうこともある。しかし、それは特殊なケースで、決して自動的なことでも習慣でもない。モンテカルロでは観衆の中を歩いて届けにいかなければならないので、ラファがやるわけにはいかなかったが、そうでなければ彼自身が届けにいっている。ラファは自分のラケットを届けにいくことに何の抵抗もないし、私は練習にいくときにラファの荷物を運んだことは一度もない。そして私は、それを自分のためではなく、彼のためにやっているんだよ。

 思うに、コーチが自分の仕事に相当しないことをやるのが習慣になってしまうと、その結果、選手からの敬意を失うことになる。これが問題なのだ。コーチが下手に出すぎるとその言葉に信憑性がなくなり、選手にとって、コーチの言うことに耳を傾けるのがより難しくなってしまう。つまりそれは、選手にとって害にこそなれ、実りにならないことなのだ。

 幸い私はこの手のことで問題を抱えたことは一度もなかった。なぜなら、私はいつも『普通の人』と働いてきた。ラファは良い選手であっても普通の人間で、特殊な人間だなどと私は思っていない。

2012年フレンチ・オープン優勝(7連覇を達成。13年も優勝して現在8連覇中)。恒例の決勝翌日のフォトセッションは、パリのエッフェル塔の前でトロフィーを抱えて、スペインの国旗をまとって(写真◎毛受亮介)

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