川副嘉彦先生_スピン大研究_①スピンの実際〜ラケットとストリングとボールとスイングの関係

テニスは相手と駆け引きをしながら、コート内にボールをコントロールするスポーツですから、ボールにスピンを与えることが有効です。十分なスピンがかかると強打してもボールがコートにおさまり、バウンド後は鋭く弾んで伸びていきます。ここではそのスピンについて、深く知る機会をご提供します。ラケットとストリングとボルトスイングは実際にどういうふうになっているのか見てみましょう。(テニスマガジン2019年9月号掲載記事)

解説◎川副嘉彦

かわぞえ・よしひこ◎1944年、長崎県生まれ。工学博士(東京大学)、日本機械学会フェロー、元埼玉工業大学教授。木製に代わって複合材製のテニスラケットが出現した頃から、趣味と実益を兼ねてラケットの研究を始め、「手で支持したテニスラケットの実験的同定とボールとの衝突における振動振幅の予測」で1995年度日本機械学会賞(論文賞)受賞。2012年、大学教授を定年退職後に「川副研究室」を開設。スポーツ工学(テニス、卓球)、ヒューマン・ダイナミクス(直立二足歩行・二足走行)などの研究に従事している。モットーは「我あり、故に、われ思う!」(デカルトさんには悪いけど、命あっての知識!)

イラスト◎サキ大地 各資料◎詳細は注釈

テーマ1|テニスボールの毛羽の役割

テニスボールのフェルトが スピンに影響を与えている

 プロテニスプレーヤーがトップスピンとアンダースピンを打ったときの「テニスボール=フェルトあり」と「フェルトなし(滑面)ボール」のスピン性能(図1)を、超高速ビデオカメラにより測定・解析したところ、フェルト(毛羽)がスピン量におよぼす影響が明らかになりました(2009年)。

 測定結果によると、「フェルトなしボール」はスピン量(図1a)が平均50%低減し、接触時間(図1c)も平均23%短くなっています。スピン量が大きく減少するために、インパクト直後の打球速度(図1b)は平均42%速くなっています。


 試行者のプロテニスプレーヤーが、「テニスボール」でコート隅のコーナーをトップスピンで狙った実験では、5回ともコーナーの四角に収まったのに対し、「フェルトなしボール」で行った場合は、5回ともコート内に収まらず、コート外に飛び出してしまいました。

 また、ボール周りの流れの測定(可視化)により、ボールコントロールにおよぼす「フェルト(毛羽)」の役割を実証することができました(図2)。


「フェルトなしボール」と「テニスボール」の「トップスピン(打球速度30m/s、時速108km、左向き、トップスピン量3500rpm、矢印の回転方向)に相当するボール周りの流れの測定」をしたところ、「テニスボール」にトップスピンがかかると、ボールのフェルト(毛羽)により揚力は、下向きに働き、したがって強打してもボールをコート内の狙ったところに落としやすくなりますが、「フェルトなしボール」の場合は、揚力は上向きに働き、ボールが浮いてコントロールが難しくなることを示唆しています。

インパクトの1000分の3~4秒私たちは実際にこれを見ておこう!

 この記事「スピンの実際」では、主にボールとラケットが接触している1000分の3~4秒というインパクト(瞬間的な時間)において、打球速度、スピン量(回転角速度)、接触時間がどのように決まるかという視点で、実験データと物理的な解釈に基づきスピンに関する情報を紹介します。

 技術に習熟した名プレーヤーも名コーチも、インパクトを肉眼で見ることはできません。感覚的にも人間が反応できない領域です。したがって、これから紹介する内容は、現役のトッププレーヤーや指導者の方々にも役立つものと考えます。

テーマ2スピンラケットの関係

技術の進歩が スピンを明らかにしつつある

 打球面のラージ化、ラケットの軽量化と進み、ラケットの操作性は非常によくなって、一般プレーヤーもトップスピン打法が当たり前となっています。そうすると、ラケットとストリングのスピン性能に関心が集まるようになりました。ところが、ラケットやストリングの種類と、インパクトにおけるスピン性能の関係は複雑で、長い間それはほとんど不明でした。

 ストリングは数百種類も市販されており、その種類、材料、テンション(初張力)、ゲージ(素線直径)がどのようにスピンに影響するかは、古くからの関心事です。ストリング素材の摩擦が大きいほどスピンがかかるという仮説に基づいて、ヘッドを固定したラケットにボールを斜めに衝突させたときのスピン量(時間当たりの回転数)の測定が、米国ラケットストリンガー協会(USRSA)、国際テニス連盟(ITF)技術センターほか、いくつかの大学の実験室で行われてきました。

 高速度カメラによる映像解析技術が身近になる前の2005年頃までは、ラケットやストリングの違いによるスピンの違いは明確にできませんでした。したがって、2005年(邦訳本は2011年頃)までに発行された信頼できる実験や理論に基づく国内外の書籍には、種類、材料、テンション(初張力)、ゲージ(素線直径)は、打球速度やスピンに「ほとんど影響しない」と書かれています。

 しかし最近になって超高速度カメラや映像解析技術の進歩により、インパクトにおける衝突現象やラケットのスピン性能のメカニズムが明らかになってきました。

テーマ3インパクト一瞬だ!

 実際にその目でラケット、ストリング、 ボールの接触を見てみよう  この連続写真は、プロテニスプレーヤーのフォアハンドのインパクト(この場合は約1000分の3秒間)における、ボールのスピン挙動とラケットの動きです。ボールとラケット、ストリングが接触してから離れるまでの挙動を1000分の1.5秒間隔(撮影は毎秒2万コマ)で示しています。

 ボールに回転トルク(ボールを回転させる接線方向の力)が与えられて、約1000分の1.5秒後あたりから、片側がつぶれたボールはゆっくり回転し始め、約1000分の3.5秒後にボールがストリングから飛び出し、ストリングを離れてからボールの回転は加速して回転量(回転角速度)が最大に達します。

 ボールとラケットの衝突速度が大きいほど、ボールはストリング面から短い時間で飛び出します(接触時間が短い)。衝突速度が大きいほど接触時間が短くなる理由は、ボールとストリング面のバネ剛性(硬さ)は変形が大きいほど硬くなるからです。衝突速度が大きいと、ボールとストリング面が急速に変形して硬くなり、硬くなるほど急速に復元してボールがストリング面を離れて飛び出します。

 この約1000分の3.5秒のインパクト(接触時間)の間に、ボールと接触しながらラケット面中心が移動する距離はわずか4~5cm程度です。



テーマ4|打球後のボールの挙動はどのように決まるのか?

スイングの速度、スイングの方向、 ラケット面の傾きが関係する

 ボールをラケットで打ったときの打球速度、スピン量(回転角速度)、接触時間などのすべてが、インパクトの瞬間に決まります。

 イラスト1は、フォアハンド・トップスピンのインパクト後の打球速度、方向、スピン量(回転角速度)がどのように発現するかを示したものです。



 インパクト直前と直後のボールの挙動の変化には、ボールとラケット間の反発特性や摩擦特性など、複雑な要素が関係するので想像するのが難しいのですが、これは実際にボールを打ったときの高速度カメラで撮影した映像の連続写真をイラスト化したものです。

 ボールはA→B→Cと飛んできて、Eでラケットにぶつかり、ラケットもA→B→Cとスイングされて、Eでボールにぶつかっています。ただし、緑の→(スイングによるラケットヘッド速度)はD-E間を動く速さ、インパクトの瞬間の方向です。Eがインパクト・ポイントで、ラケット面はほぼ垂直になっています。

 インパクト後のボールの速度と方向と回転量(トップスピン、アンダースピン)は、力学的には、飛来するインパクト直前のボールの速度と方向と回転量(回転角速度)に対して、「インパクトにおける①スイングの速度、②スイングの方向、③ラケット面の傾き」という3つの要素によって決まります。

 弾んだボールをライジングで(上がりっぱなを)打つのか、頂点で打つのか、落ちてくるところを打つのかによっても異なります。

ラケット面の傾きによる結果の違い  

 イラスト2は、ほかの条件はイラスト1と同じにして、インパクトにおけるラケット面の傾きだけを変えた場合に打球がどうなるかについて示したものです。aはラケット面が前に少し傾いている場合、bはラケット面が後ろに少し傾いている場合です。トップスピンの量はaのほうが多く、打球速度はbのほうが大きいことを示しています。



テーマ5エネ・トップスピンのを紐解く

フェデラーのフォアハンドに見る 身体とラケットの操縦法

 テニスにおける身体とラケットの動きは、身体の各部とラケットのグリップ部・先端部との間に位相差(構造的なズレ。例えばサービスにおいて肩関節、肘関節、手首関節がある角度を保っているので、腕が振り下ろされ始めたときにラケットヘッドは振り上がる)があって、それが同時並列的に変化し、身体とラケットからなる三次元的な形(姿勢)が刻々変化します。

 その動きを直列的な(ひとつずつしか説明できない)言葉だけで理解することは不可能なことです。また、やっかいなことに自分自身の動きを客観的に見ることができないので、脳が考えている通りに身体が実際に動いているかどうかもわかりません。これがテニスの習熟や指導が難しい理由のひとつでしょう。

 ここでフェデラーのフォアハンドの身体とラケットの操縦法を見てみましょう。 ※資料◎John Yandell氏提供のビデオ映像 RFFH InsideOut Side1_500fps (High speed archive, Tennisplayer by John Yandell - edited by kawazoe)一部抜粋・編集

①構えから テークバック前半


(股関節を折りたたんで、半身の構えに入る動作は省略)  半身の構え(右の股関節ターン)からラケット面はかぶせて、腕とラケットを重力を利用して自然に落としています。

②テークバックから フォワードスイング前半 



 ラケット面をかぶせながら腕とラケットを落とし、上腕を外側に回転(外旋)させながらフォワードスイングを開始すると、ラケットヘッドが後方(フェンス側)を向き、自然にテークバックが確保できています。

 これはラケットヘッドを後ろに引いているのではなく、肩・上腕が外旋しながら前(ネット側)のほうへ移動した結果として、自然にヘッドがさらに低い位置で後ろ(フェンス側)を向いたことになります(frame 370~390)。

③フォワードスイング 後半から インパクト直後まで 



 ラケットが下に低く落ちている状態からインパクトに向かって、肩(肩甲骨)を支点にして上腕を外側に回転(外旋)させながら、一気にスイングしています。

 腕とラケットは落とした低い位置から、肩を支点にして振り上げられるので、ラケットの軌道は自然に下から上へ向かい、ヘッドはインパクト直前(frame420)でもボールのだいぶ下にあります。

 このインパクトではラケット面はまだ少し下を向いていて、インパクト直後に垂直になり、上腕はまだ外側に回転(外旋)しており、腕の内側への回転とワイパースイング(横方向へのフォロースルー)の気配がわずかに見られますが、インパクトまでは前腕の動きは少なく、肩(肩甲骨)の動きを主体としたスイングが打球速度とスピンを生んでいるように見えます。

④インパクトから フォロースルーへ


 インパクト後(ボールがストリングを離れた後)の1000分の2秒(frame19)では、まだ横方向への大きなフォロースルーは見られません。

⑤(再度)インパクト前後


インパクトの100分の2秒前(frame8)でもラケットヘッドはまだボールよりかなり低い位置にあって、そこからインパクト(frame18)に向かいます。直前の100分の1秒前(frame13)を経由して、一気にヘッドが上がっていきます。インパクト(frame18)の100分の1秒後(frame23)にラケット面が垂直になったときには、ボールはすでにストリング面を離れています。


誰もが憧れるフェデラーのフォアハンドの特長

❶インパクト直前の 1000分の2秒前のボールと ラケットヘッドとの 〈高低差〉が トップスピンを生む!

 インパクトの1000分の2秒前(frame17)でも、ボールとラケットヘッドとの〈高低差〉があり、インパクトの時点(frame18)でボールとストリング面が同じ高さになっているのがわかります。この非常に短い時間の間の〈高低差〉が、ボールに強い縦回転(トップスピン)をもたらすことが予測されます。これがフェデラーの省エネ・超トップスピンの原理のひとつと推測されます。



❷フェデラーの打法は 省エネ・超効率的 テークバックである

 これまで見てきたように、フェデラーはラケット面をかぶせながら腕とラケットを落としたあとで、肩・上腕を外旋しながらフォワードスイングへ移行すると、肩・上腕の回転やスイングがしやすく、可動域も大きくなり、ラケットを二度引きしないでもラケットヘッドが自然に後ろに深くなります。

 その深くて低い位置から肩を支点にフォワードスイングされるのですから、フォアの構え(テークバック)がコンパクトであるにもかかわらず、ヘッドがインパクト位置まで加速するには十分な距離があるため、打球速度が大きくなるだけでなく、インパクト直前のボールとの高低差と相まってスピンの回転角速度も大きくなるはずです。

 これがフェデラーの省エネ・超トップスピン原理の2つ目と推測されます。そうするとこのフェデラーの効率的テークバックからのフォアハンド打法は、高齢者や小学生以下の子供たちにこそ適している打法ではないかと考えます。特に障害予防の観点からも理想の打法のはずです。

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