清水悠太「50の質問」グランドスラムに出てはじめてプロのテニスプレーヤー|Player File 12


「50の質問」で選手たちの素顔に迫るスペシャルインタビュー企画。今回、登場してくれるのはついにデ杯代表にも選出された次代の日本男子を担うレフティーの清水悠太だ。(テニスマガジン2021年1月号掲載記事)

(※掲載時のまま) 
しみず・ゆうた●1999年6月9日生まれ。滋賀県出身。4歳でテニスを始め、ジュニア時代は世代のトップのひとりとして活躍。2017年にUSオープン・ジュニアでダブルス準優勝(パートナーは堀江亨)、全日本ジュニアU18と世界スーパージュニアで優勝して18年4月にプロ転向。1年目からフューチャーズで3大会優勝を果たし、19年全日本で準優勝。21年3月にデ杯代表に初選出。次代の日本男子を担うひとりとしてさらなる飛躍を誓っている。世界ランク自己最高は単313位(20年3月2日付)、複370位(18年12月3日付)、最新ランクは単357位、複615位(4月12日付)。三菱電機所属

取材・構成◎杉浦多夢   写真◎BBM、本人提供

ジュニア最後の年に結果が出て、プロへの道が開けました

Q1 テニスは何歳から始めましたか?

「父親がテニスのコーチでテニスクラブを経営していたので、自然に始める環境でした。3、4歳くらいの頃かな。姉が先に始めていて、気づいたら僕もやっていたという感じです」

Q2 小さいときはすぐにテニスを好きになりましたか?

「テニスは昔から好きでしたね。保育園のときに初めて試合に出て、年上に勝ったのがすごくうれしかったです」

Q3 父親がコーチで大変なところはありませんでしたか?

「今はプロとして活動できているので、すごくいい環境だったなと思います。ただ当時は友達と遊びたいのを我慢してやっていたりしたので……今思えば、よかったのかなと」

Q4 テニス以外のスポーツもやっていましたか?

「週に1回、スイミングスクールに通っていました。それもテニスのためという感じです。テニスだと左しか使わないので、体全体の動きのために水泳をしていました」

Q5 テニスラボに入ったきっかけは?

「高校に進学するときです。通信制の高校に行くと決めたときに、ひとつ先輩でラボに通っていた白藤成くんに『悠太もどう』と誘われて。中学3年の冬にラボが毎年行っている合宿に参加させてもらい、いい環境だなと思ってお世話になることを決めました」

Q6 ラボにはすぐなじめましたか?

「関西テニス協会の強化練習会や大会の会場などで竹内映二コーチや駒田政史コーチ、井本善友コーチなどにはよくお会いして、お世話になっていたので、快く受け入れてもらえたと思います」

Q7 通信制の西宮甲英高に進学したのはプロを意識していたから?

「普通の高校に行って部活でやるか、プロを目指して通信制に行くかの二択で考えていました。いくつか高校に行って練習に参加させてもらったのですが、やっぱりプロを目指していこうと通信制に決めました」

Q8 1年生で出場したインターハイの団体優勝は思い出に残っている?

「大阪の近畿インターハイですね。すごく暑かった(笑)。優勝は狙っていたけど、本当にできるとは思っていなかったし、団体戦は好きなのですごくいい思い出です」


2015年インターハイで団体優勝を果たした西宮甲英高のメンバー。一番左が清水

Q9 ジュニア時代に思い出に残っている大会や試合は?

「やはりジュニア最後の年。国内なら全日本ジュニアと世界スーパージュニアで優勝したことです。中学3年のときに中牟田杯で優勝していたのですが、優勝候補の選手がケガで欠場していたりして自分の中では本当の一番ではないと思っていたので。最後の年にジュニア時代の目標だった全日本ジュニアで優勝できたのはうれしかったです」

Q10 海外でのジュニア時代の思い出に残る大会は?

「堀江亨くんとのダブルスで準優勝した2017年のUSオープン・ジュニアですね。あと1ポイント(マッチポイント)というところで最後の点を取り切れなかったのは今でも鮮明に憶えています」


マッチポイントを逃しての準優勝となった17年USオープン・ジュニアは今でも記憶に残る。左は堀江


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