広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第11回_『スポーツマンシップ』を教えると強くなるか?

あなたはスポーツマンシップの意味を答えられますか? 誰もが知っているようで知らないスポーツの本質を物語る言葉「スポーツマンシップ」。このキーワードを広瀬一郎氏は著書『スポーツマンシップを考える』の中で解明しています。スポーツにおける「真剣さ」と「遊び心」の調和の大切さを世に問う指導者必読書。これは私たちテニスマガジン、そしてテニマガ・テニス部がもっとも大切にしているものでもあります。テニスを愛するすべての人々、プレーするすべての人々へ届けたいーー。本書はA5判全184ページです。複数回に分け、すべてを掲載いたします。(ベースボール・マガジン社 テニスマガジン編集部)

その10

『スポーツマンシップ』を教えると強くなるか?

……はい、その通りです。

KeyWord
原則と応用、正しい判断力、人格的総合力、自立した個人

すべてを教えるのは不可能

「スポーツマンシップとはこういうものだ」と子供たちに教えることは、確かに大筋では間違ってはいないのですが、「スポーツマンらしくするためにはどうすべきか」をいちいちこと細かに教えるべきだ、ということでは決してありません。どのようにすれば原則に則(のっと)った振る舞いとなるのか、すべての場合について教え込むことは実際には不可能です。

特定の状況下でスポーツマンシップを発揮するには

 良き人格を身につけるための修練においては、トレーニングと同様に、正しい判断力が要求されます。良きスポーツマンシップとは何かという原則について、その5で「相手(チーム)を尊重すること」、その6で「審判を尊重すること」、その7で「ゲーム自体を尊重すること」を述べました。しかし、スポーツを実際に行う立場から最初に突き当たる問題は、ある特定の状況下において、「スポーツマンシップに則った正しい振る舞い」なるものを一元的に規定するのは、大変困難だということです。

 例えば、ゲーム中に相手が自分に対して何度も汚いプレーを繰り返してきた場合、自分がその相手を尊重しようとしていることや、ゲームに対して適切に対応してくれる相手を必要としているという意思表示を、どのように行うべきなのでしょうか? このように一筋縄ではいかない状況について、この本で示したスポーツマンシップという原則に則った対応をするにはどうすべきか考え、議論する習恨をつけましょう。

事例を示そう

 議論するための事例を示すことは、若いプレーヤーがスポーツマンシップを現実的に理解するうえで大変役立ちます。英雄的な行為や、逆にあくどい行為についてのわかりやすい実例を示すことは、理解を促進する助けとなります。

 それらの中には、評価するのが難しい事例もあるでしょう。しかし原則に則って判断することが困難だからといって、原則を放棄していいということではありません。状況が単純でなく解決困難であるように見えるときこそ、原則に照らし、慎重に考える必要があることを強調しておく必要があります。

自分を磨く手段

 スポーツマンシップを実践するには、私たちすべてが有限の人間であり、その可能性にも限りがあるという点の理解を必要とします。と同時に、スポーツマンシップの精神では、競技を通じて自分に克(か)ち、大きく成長して自らに磨きをかけることができるのだということも理解しなければなりません。スポーツマンシップという言葉は、その2で述べたように「スポーツマンがとるべき最も基本的な態度」のことであり、若い競技者が競技を通じて少しずつ身につける人格的な総合力です。まずは、あるがままの自分を理解すること。そうすれば、初めて人格を磨くためのスタートラインに立てます。

判断力を向上させる場

判断力を向上させる場

 さらに重要なのが、競技をするには常に他者との関係が生じるため、スポーツは人間関係に関する判断力を向上させる場であるということです。自分がどれだけ強いのか、あるいは弱いのかだけではなく、相手との関係で、あるいはチームメイトとの関係で、強弱を把握する必要もあります。言い換えれば、相手に比較して優位となるために、的確な判断をしなければなりません。

 それは相手の弱点だけをつけ、ということではありません。自分のテニススタイルで一番得意なショットはクロスのフォアハンドだが、相手のフォアハンドのほうが一枚上手だったとしたら、バックハンドで戦いを挑むほうがいいと考えるでしょう。そして勝つためにじっくりとチャンスを模索していけば、それは双方のプレーに大きな影響を与えることになります。そして相手の努力を理解し尊重できるようになり、相手のパフォーマンスと才能を尊重し称賛することができるようになるはずです。

 チームスポーツにおいては、チームメイトに自分のパフォーマンスをあわせチームカを高めようとします。例えばバスケットボールで、まるで生まれつきボクシングのグローブをつけているようなぎこちないシュートしか撃てないなら、シュートのうまいチームメイトのためにボールを拾いまくったほうがいいでしょう。チームがうまく回れば、チーム全体のパフォーマンスが、個々のプレーヤーのパフォーマンスを足した総和よりも高くなるという不思議さを理解しましょう。

「自立した個人の確立」に役立つ

 スポーツのトップレベルのゲームにおいては、単に肉体的な強弱や技の巧拙だけでなく、メンタルな部分が大きく勝敗を左右することが知られています。日本人の勝負弱さがしばしば問題として取り上げられます。個人としてのメンタルな強さは、もちろん日頃の修練を必要としますが、いったいどのように身につければいいのでしょうか。単純な練習をしているだけで身につかないことは明白です。サッカーやラグビーなどではしばしば個人としての判断力の速さが問題にされます。これも普段から修練しないかぎり習得することはできません。

 スポーツマンシップは、個人としての対応力、判断力を問題とします。個人としての理解をうながし、独立心を育み、個人としての判断力を尊重すること。それがスポーツマンシップ習得の基本です。したがってスポーツマンシップの習得は、日本人に欠けがちな「自立した個人」の確立に大いに役立ちます。そして個人が確立し、独立した判断力を集合したチームをまとめたとき、そのチームはロボットのように命令どおりに動くプレーヤーの集合したチームに勝ることになるのです。

『スポーツマンシップを考える』連載第1回から第10回 バックナンバーリスト

広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第1回_序章「誰もが知っている意味不明な言葉」

広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第2回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その1「スポーツとは何か?」

広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第3回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その2「スポーツマンシップとは何か?」

広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第4回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その3「フェアプレーという考え方はどうしてできたのか?」

広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第5回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その4「なぜスポーツマンシップを教えなければならないのか?」

広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第6回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その5「なぜ戦う相手を尊重するのか?」

広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第7回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その6「なぜ審判を尊重するのか?」

広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第8回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その7「なぜゲームを尊重するのか?」

広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第9回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その8「ルールを守ればスポーツマンか?」

広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第10回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その9「勝負に徹するなら『スポーツマンシップ』はきれいごとか?」

著者プロフィール

ひろせ・いちろう◎1955年9月16日〜2017年5月2日(享年61歳)。静岡県出身。東京大学法学部卒業後、電通でスポーツイベントのプロデュースやワールドカップの招致活動に携わる。2000年からJリーグ経営諮問委員。2000年7月 (株)スポーツ・ナビゲーション(スポーツナビ)設立、代表取締役就任。2002年8月退社。経済産業研究所上席研究員を経て、2004年よりスポーツ総合研究所所長、2005年以降は江戸川大学社会学部教授、多摩大学大学院教授、特定非営利活動法人スポーツマンシップ指導者育成会理事長などを歴任した。※本書発行時(2002年)のプロフィールを加筆・修正

協力◎一般社団法人日本スポーツマンシップ協会

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