広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第8回_なぜゲームを尊重するのか?
あなたはスポーツマンシップの意味を答えられますか? 誰もが知っているようで知らないスポーツの本質を物語る言葉「スポーツマンシップ」。このキーワードを広瀬一郎氏は著書『スポーツマンシップを考える』の中で解明しています。スポーツにおける「真剣さ」と「遊び心」の調和の大切さを世に問う指導者必読書。これは私たちテニスマガジン、そしてテニマガ・テニス部がもっとも大切にしているものでもあります。テニスを愛するすべての人々、プレーするすべての人々へ届けたいーー。本書はA5判全184ページです。複数回に分け、すべてを掲載いたします。(ベースボール・マガジン社 テニスマガジン編集部)
その7
なぜゲームを尊重するのか?
……スポーツの素晴らしさが、そこに集約されているからです。
KeyWord
ゲームが持つ価値、意味ある勝利、競うこと、逆説的存在、バランス感覚、冷静な評価
ゲームがプレーする機会を与えてくれる
スポーツとスポーツマンシップにとって尊重すべきもう一つのもの、それはゲームです。「ゲームを尊重せよ」ということは、「相手を尊重せよ」とか「審判を尊重せよ」と比べればあまり具体的でなく、若いプレーヤーたちにどうやって理解してもらうのかとまどってしまいます。しかし、あなたが伝えるべき重要なことがらであることは間違いありません。
スポーツの周辺ではよく、「(それは)スポーツに対する侮辱だ」という言い方がされます。この「スポーツ」を「ゲーム」に置き換えると理解しやすいかもしれません。
スポーツマンシップを語るうえで前提となっている大原則は、スポーツの競技に参加することには意味があり価値があるということです。でなければそもそも一体なぜスポーツをするのでしょうか? チームメイト・コーチ・相手・審判を尊重するのは、この価値あるスポーツヘの参加を可能にしてくれる存在だからです。
あなたが参加した「そのゲーム」が、あなたにとってより良きものを目指す場、人格を磨く場なのです。ゲームこそがプレーする機会を提供する様々な条件が整った場であり、したがって私たちは、自分が参加するゲームを尊重すべきです。
ゲームを尊重することの意味
ゲームを尊重するということは、参加するにあたって、ある特定の振る舞いをしなければいけないということではありません。もっと本質的な「考え方」や「姿勢」を意味しているのです。ですから若いプレーヤーたちにそれを身につけさせることが、有意義で、有効なことなのです。
意味のある勝利を得るために
今まで述べたことを一度まとめると、競技する目的は勝利を収めることです。そしてその勝利とは、ルールによって初めて規定されます。スポーツをすることは、ルールによって規定され、意味を持った特定の身体活動に参加するということです。ゲームとは本質的ルールによって管理された身体活動であり、参加者全員がルールにしたがって活動するという暗黙の了解が事前にあります。相手がいるから勝ちを収めることが可能なように、ルールがあって初めてプレーが可能になり勝敗が決まります。したがってルールを破っても勝ちたいと思うことは、その「勝つ意味」を成立させている根底条件を否定することになり、そもそもその勝利に意味がなくなることを示しています。
ルールの範囲内で全力を尽くすこと
ゲームを尊重するということは、参加者が事前に合意している約束ごとであるルールを尊重することであり、それはフェアプレーであることが絶対必要です。ルールを破ってズルをすることは許されません。相手に対してアンフェアな条件で有利に立とうとするのは、事前の了解事項を踏みにじることを意味します。相手を尊重せずにだましたりすることは、同時に自分が参加しているその競技を尊重しないことを意味します。ひいては自分を含む参加者全員を尊重しないことになるのです。
したがって、自分が参加しているスポーツを尊重するならば、勝つためには何でもするというのではなく、そのスポーツを成立させているルールの範囲で全力を尽くすべきだと教えることが、コーチにとって大変重要な役割になってくるのです。
競うことなくして価値は得られない
スポーツは単なる気晴らしではなく、競うという不可欠な要素があります。したがってスポーツをすると、必然的に勝者と敗者が生まれます。世の中にはこの競うという側面がよろしくないと指摘する人も確かにいます。そして勝敗によってダメージを受けることが生じないように、競争的側面を弱めようとしたりするのです。
しかしスポーツの素晴らしい価値の多くは、勝利を目指して競い合うことを通じて得ることができるのです。ゲームを尊重しているからこそ、勝利を目指し、不利な状況になってもプレーヤーはあきらめずに頑張れるのであり、仮に一方的な展開になったとしても相手を侮(あなど)るような態度をとらずにプレーができるのです。実際にそういうときこそ、その競技とゲームヘの尊重が試されると言っていいでしょう。ゲームヘの尊重があって初めて、勝負が見えてしまったあとでもプレーが続行可能なのではないでしょうか。
勝つために努力することがゲームを尊重すること
スポーツを愛する者にとっては、単にそのゲームに参加しているだけではなく勝利を求めて全力でプレーすることこそが、重要かつ本質です。スポーツには勝つために努力すること以外にも価値ある事柄が確かに存在しますが、競うという側面こそが、一生懸命努力するためのよりどころなのです。
勝つために努力することが、ゲームを尊重することと本質的につながっています。
スポーツは遊びの隣人
スポーツをすることは大変な労力を必要とし、犠牲を強いられることでもあるのですが、その原点は人間が行う遊びだということを忘れてはいけません。スポーツは遊びの隣人なのです。
他の行為が結果として得られるもののために貴重であるのとは違い、遊びはその目的が行為の内部に存在するため、行為自体に価値があるのです。その行為自体が楽しく、満足が得られるために、私たちは遊びを選択するのです。
反対に「労働」というのは、生きるために、あるいはより良い生活を得るための行為であり、そのために大変な苦労も仕方がないと考えるのです。
遊びはささやかなもの
多くの人は、許される限りにおいて自分の行うことはできるだけ自分で選択したいと思うでしょう。そして開放感や喜びを得るために、遊びという行為を選ぶのであり、何か具体的な成果を得ようとする行為は遊びとは言いません。そういう意味では無為な行為と言うこともできます。エンターテイメントとしてのプロスポーツや、オリンピックなどで国威発揚を図ったりすることは、経済的あるいは政治的な成果を得ることになります。しかし遊びというスポーツの本来的側面に立ち返れば、それは絶対不可欠なものではない、むしろささやかな存在だと言えます。
スポーツは遊びだが価値がある
スポーツの指導者なら、スポーツが競争的だがあくまで遊びなのだということをプレーヤーたちによく言って聞かせる必要があります。スポーツは、本来的に大変逆説的で複雑なものです。なにしろできるだけフェアに全力で戦わなければならない一方で、それが単なる遊びであるわけですから。スポーツ自体に価値があると認めながら、一般的な物事全体の中ではそれほど重要ではないのです。
人は何よりも重要なことだと思い込んで走ったり、泳いだり、投げたり、蹴ったりして勝利を得るのですが、別の観点から見ると、それは自分が人生において成功するかどうかには関係がないのです。
結果よりも過程を大切に
ですから、コーチはこれらの間に適切なバランスを求めなければなりません。スポーツマンシップを理解するということは、スポーツのこういった複雑で逆説的な構造を理解し、全力でフェアに戦いながら寛容さと遊び心を忘れないということです。
ここで注意しなければならないのが、スポーツが遊びであると言うとき、金や地位や名誉や人気、あるいは勝利した瞬間の喜びまで含めた、結果が問題なのではなく、スポーツに参加することでそれ自体から得られる喜びや価値が重要だということです。つまり遊びとしてスポーツをとらえるなら、成果ではなく過程こそが重要な意味を持つということなのです。
そしてゲームの相手を威嚇したり、侮辱したり、けんか腰で応対するのは、過程を楽しむという点からは無意味で排斥すべきだということです。小さな子供たちがプレーに熱中するあまり、けんかになりそうになったら、「たかがゲームなんだから」と言ってなだめるでしょう。高校生や大学生でも同じです。「けんかをしているのではなく、ゲームをプレーしているのだ」ということを時々思い出させる必要があります。
自分や他人を正当に評価すること
ゲームを尊重することは、自分や他人を冷静に評価することにもつながります。
子供がスポーツをし始めると、すぐにプレーヤー間に優劣があることに気づきます。もちろん指導者はすべての子供がうまくなるようにコーチするのですが、それと同時に個々人の間には能力的な差があること、そして特に自分と他人とに差があることを理解させなければなりません。それは単に謙虚さを学び自分を過大評価しないようにするだけでなく、自分に何が欠けているか認識させ、それを改善したいと思わせることが大事だからです。そしてその判断力は、ゲームにおいて相手の誰が優れているかを判断するうえでも欠くべからざる能力ともなります。
優れたパフォーマンスに敬意を
どのプレーヤーにとっても敗れるのはつらいことです。同様に自分の弱さを認めるのはつらく、容易なことではありません。だから人は言い訳をするのです。理屈をつけて責任を転嫁し、他の原因を見つけようとします。「相手はラッキーだった」「審判がひどかった」「今日はツキがなかった」等々。言い訳はどんどん広がります。
しかし、冷静かつ適切に対処するなら、本当の原因を認めることができるはずです。相手のほうがうまくて強かったために負けたのなら、それを認めなければなりません。負けたときには、相手の何が素晴らしかったのかを認めることが基本なのです。ゲームを尊重するためには、そのゲームの参加者の素晴らしかったパフォーマンスを評価し、尊重することが必要となります。
実例6
観戦者・ファンにもスポーツマンシップが必要ーーメジャーリーガー野茂英雄のコメントから
米メジャーリーガーの野茂英雄投手は、日本人として初めてオールスターゲームに先発し、2度のノーヒットノーランを打ち立て、新人王や奪三振王も獲得してきた、まさに開拓者である。メジャーで鮮烈なデビューを飾った1995年から2002年で8シーズン目を迎え、古巣のドジャースに戻ってきた。
彼は、無名の高校から社会人を経て、1990年に日本のプロ野球界に入った。近鉄バファローズでの5年間に78勝、1204三振をマークし、メジャーリーグに。
野茂投手は、メジャーリーガーになった後のインタビューで、大リーグは予想以上に面白く、その面白さは実際に球場に足を運ばなければわからない、と話している。彼は、日本とアメリカの球場の雰囲気の違いとして、観客の反応を指摘した。
日本のファンの中には、ライバルチームの選手をやじり倒し、ラッパや太鼓の騒音でプレーを妨害し、それを生きがいにしている人がいる。その光景を見るたびに、日本人はいつから相手を思いやる美徳を欠くようになったのだろうか、と感じることもしばしばだ。
これに引き換え、大リーグのファンは、相手チームのスーパープレーには敵味方関係なく惜しみない拍手を送る。「感動して鳥肌が立った」とは野茂投手の弁。
メジャーリーグはいつの時代でも米国人の心のふるさとだった。ベーブ・ルース、ミッキー・マントル、ジョー・ディマジオら偉大なプレーヤーの足跡を忘れることはありえない。
そして、歴史はファンとともにつくられたことを、米国人は誇りに思っている。だから、美技をたたえ、フェアプレーをお尊重する土壌ができたと言えるだろう。 野球を文化としてとらえている米国に比べ、日本では日常に不満を持つグループのはけ口に終わっているケ一スも多い。もしそれだけが強調されていけば、ついには娯楽以下の存在になってしまうだろう。
(出典:共同通信)
→一般に日本の観衆はスポ一ツ観戦の楽しみ方が上手ではない、と言われています。ゲームの盛り上げ方が得手ではないので、試合の主催者側が不必要な演出を行うことがありま す。欧州では、サッカーの試合でいかに観衆の興奮を抑えるかが問題になります、したがってはるばる日本まで遠征にきて、ゲームが始まる前に会場で主催者が大きな爆発音をさせるなどを目の当たりにして違和感を覚えるそうです。
ー方プロ野球では、ゲームでどちらが勝とうが鳴り物で同じ応援をしている人たちがいます。どちらのケ一スでもゲームそのものに対する集中力は殺(そ)がれます。おそらく野茂投手が異国の地で感じた日本とは別種の楽しさとは、プレーしている選手だけではなく観衆も含めて、すべての人がスポ一ツに対して深い理解をし、そのうえで価値を認め尊重の心を抱いているからこそ成立するものなのでしょう。決して形を真似るだけで獲得できるようなものではないと思います。スポ一 ツを理解し、ゲームに対する尊重の心を持ち、そして何より「楽しくなければスポ一ツではない」という基本が了解されていることがポイントではないでしょうか。
広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第1回_序章「誰もが知っている意味不明な言葉」
広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第2回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その1「スポーツとは何か?」
広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第3回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その2「スポーツマンシップとは何か?」
広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第4回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その3「フェアプレーという考え方はどうしてできたのか?」
広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第5回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その4「なぜスポーツマンシップを教えなければならないのか?」
広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第6回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その5「なぜ戦う相手を尊重するのか?」
広瀬一郎_書籍『スポーツマンシップを考える』_連載第7回_第1章「スポーツマンシップに関する10の疑問」_その6「なぜ審判を尊重するのか?」
著者プロフィール
ひろせ・いちろう◎1955年9月16日〜2017年5月2日(享年61歳)。静岡県出身。東京大学法学部卒業後、電通でスポーツイベントのプロデュースやワールドカップの招致活動に携わる。2000年からJリーグ経営諮問委員。2000年7月 (株)スポーツ・ナビゲーション(スポーツナビ)設立、代表取締役就任。2002年8月退社。経済産業研究所上席研究員を経て、2004年よりスポーツ総合研究所所長、2005年以降は江戸川大学社会学部教授、多摩大学大学院教授、特定非営利活動法人スポーツマンシップ指導者育成会理事長などを歴任した。※本書発行時(2002年)のプロフィールを加筆・修正
協力◎一般社団法人日本スポーツマンシップ協会
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