レベルアップの必須能力「テニスのスピード」後編「勝つためのスピードアップ」


Topic8
将来に向けて ──
より速く、より強く
“ただのテニス選手”以上
になる必要がある


動きの調子の良し悪しは
なぜ起きるのか


――選手にとってサービスやフォアハンドの調子が悪い日があるように、動きが悪い日もあるのですか? あるなら、なぜそれは起こるのですか?

大地 これはよい質問ですね。動きの調子が悪い日はあるものです。要因は2つ考えられます。

 1つ目は肉体的な疲労です。もう一度確認しますが、テニスの基本的な動きは加速と減速です。何かを加速させるときは、選手は身体のエネルギーを利用する必要があります。もしも試合が続いて疲れが残っていたとしたら、その選手は普段の速さで動くために必要なのと同じ量のエネルギーを生み出すことができません。この結果、動きの悪い日が起きてしまうかもしれません。

 2つ目は精神的な疲労です。テニスの動きは認識と予測が大きなウエートを占めます。動きのいい選手は相手のショットがどこにくるのかを素早く確認して予測するため、非常に効率のいい一歩目を踏み出せるのです。もし誰かが精神的に疲れていたら、肉体的な疲労が関係しているかもしれず、前夜によく眠れなかったかもしれません。どちらにせよ、その選手の動きに大いに影響を与えるでしょう。

 私は心理学者ではありませんが、誰かが物凄く緊張していたり、理想的な、あるいは普通の精神状態ではないなら、それは肉体的にも影響をおよぼすので、その選手は普段どおりの動きができないでしょう。

――選手が動きの悪い日を回避する、あるいは最小限にとどめるにはどうすればいいですか?

大地 答えは簡単です。試合の日に肉体的、精神的コンデションがピークにくるように調整することです。“言うは易く行うは難し”ですが、試合に向けてのスケジューリング、期間調整が非常に重要な理由はそのためです。

 もうひとつ、コーチは日々の練習量を観察することも、選手がオーバートレーニング(その結果、疲労が完全に回復しない)にならないためには非常に効果的です。

 選手は試合の日に肉体的、精神的な状態をマックスにもっていくために、精神面の調整、回復プラン、睡眠、栄養摂取、水分補給などに気を使うことです。

フェデラーは夜昼合わせて
12時間寝る

――スポーツにおける睡眠の重要性について、神経科学者のマシュー・ウォーカーは「睡眠はおそらく、パフォーマンスを向上させるもっとも効果の大きい合法的なドラッグで、これを生かし切っているアスリートは少数しかいない。フェデラーは一日12時間寝ると言っており、夜間に10時間、プラス2時間ほど昼寝をするそうです。また100m走の世界記録を持つウサイン・ボルトは、一晩で9時間半から10時間寝て、日中も意図的に昼寝をするといいます。長時間の睡眠から目覚めて35分後に世界記録を叩き出したこともあるそうです。一流アスリートは睡眠の効果を知っており、それを生かしている」と言っています。テニス選手が最大限のスピードを発揮するためには何時間の睡眠を推奨しますか? また、大会中に選手は昼寝をしたほうがいいのですか?

大地 これもとてもいい質問です。回復の最高の方法は「睡眠」です。私たちは7~9時間の睡眠を推奨します。夜間の7~9時間の良質な睡眠は、日中に経験する肉体的、神経的、免疫的、感情的なストレス要因を調整するのに計り知れない適応時間となります。アスリート、特に成長期には10時間以上の睡眠が必要な場合もあります(USTAのコンテンツ「テニスにおけるリカバリー」を参考にしてください)。 私は睡眠の専門家ではありませんが、これまでの経験から日中にも15~30分の短い昼寝が有益だと思います。


フェデラーが十分な睡眠時間をとっていることは有名な話

スプリント・トレーニングは
何歳から行うべきか

――少年少女は何歳からスプリント・トレーニングを行うべきですか? そしてどのメニューがよいですか?

大地 幼児は歩けるようになってから、6、7ヵ月後に走ろうとします。当然、彼らの身体のコーディネーションは未発達です。思春期前、男の子なら7~9歳、女の子なら6~8歳くらいが、アジリティー(敏捷性/速く正確に動くこと)やクイックネス(俊敏性/速く動くこと)のトレーニングを始めるのによい時期です。思春期、あるいは終える時期、男子なら13~16歳、女子なら11~13歳に、最高速度のトレーニングを導入し、注力すべきです。

シニア選手の
スピードを補う筋トレ

――選手が年齢を重ねると、瞬発力、スピード、アジリティー、柔軟性が失われていきます。40代から60代のシニア選手が、この誰もが避けられないスピードの衰えを遅らせるにはどんなことができますか?

大地 残念ながら歳をとると筋肉が失われていきます。しかし、この老化を遅らせることはできます。「使うか、失うか」のコンセプトです。組織や関節を十分に刺激すれば、身体はその負荷に順応し続けます。テニスやそのほかのスポーツでは、それに加えてウエート・トレーニングも行うべきです。ストレングス・トレーニングは筋肉を維持するために組織や関節を効果的に刺激する最適な方法です。この筋肉が瞬発力、スピード、アジリティー、柔軟性のために必要なのです。

今後のコンディショニング
どう進化していくだろうか

――もしボールを打つとき、ボールを追って走るときなどのスピードがテニスの本質の一部なら、今後100年の間にコンディショニング指導、ストレングス、スピードはどのように進化していくと思いますか?選手のプレースタイルもどう進化するのでしょうか?



大地
 テニス選手はより強く、より速くなっています。コートのどこからでも現在ほどパワフルなショットを繰り出せたことは過去にはありませんでした。それゆえ、テニス選手はより完成度の高いアスリートでなければなりません。テニスは複雑な動きをともなうスポーツですから、そのプロセスも非常に複雑なものになります。スピード・トレーニングを行うだけでは十分ではなく、筋トレだけでも、プライオメトリクスなどひとつの内容だけでは足りないのです。

 アスリートは一人ひとり異なるため、個々のアスリートに向けて正しいトレーニングプログラムが必要です。ストレングス&コンディショニングコーチはそのスポーツ(ここではテニス)と選手自身をよく理解する必要があり、完璧なテニスアスリートになるために、利用できる用具をすべて生かして選手を向上させるのです。

 過去30年に、テニスのプレースタイルは大きく変わりました。今はそれほど多くの選手がサーブ&ボレーをしません。1ポイントは長くなっています。ここ最近はサービス、リターン、フォアハンド、バックハンド、選手のショットがすべてスピードアップしています。

 今後、プレースタイルがどう変化していくかを予想するのは難しいです。ひとつ言えることは、テニス選手は“ただのテニス選手”以上の能力を身につけなければなりません。フェデラー、ナダル、ジョコビッチのように、完璧で、最高のアスリートになる必要があります。

 テニス選手はフェデラーがかつて語った言葉を肝に銘じるべきではないでしょうか。

 「私のプレーはフットワークが大きなカギ。動きがよければ、いいプレーができるんだ」



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